はじめに

私たちの暮らしや経済、投資環境に大きな影響を与える物価。前回に引き続き今回も、わが国でインフレが起こる可能性について考えてみたいと思います。(前回:わが国において、インフレは失われたのか


前回のポイントをおさらい

今回の話に入る前に、前回の内容を簡単に振り返ってみましょう。日本がデフレに陥った理由として、私が重要と考えたのは以下の4点でした。

(1)余剰感の強かった人員と設備。
(2)輸出依存型の産業構造が貿易黒字・円高を呼び、輸入物価の低下を通じてデフレ圧力として働いたこと。
(3)バブル崩壊により資産価格(不動産)が大きく下落したことの後遺症。
(4)わが国と近い距離にあり巨大で安価な労働力を持っていた中国が、2001年に世界貿易機関への加盟したことなどをきっかけとしてグローバル経済に組み込まれ、モノの値段の低下圧力として働いたこと。 

そして、特に重要と考えている「(1)余剰感の強かった人員と設備」について、日銀短観によって捉えた人員・設備の余剰感は、現在はむしろ不足に転じており、人員・設備の余剰感が過去のものであることを説明しました。

したがってこの観点からは、過去のデフレをもたらした理由は継続しないと考えるべきであり、「インフレなんておこるはずがない」という理由にはならないと思われます。

他の3つ理由はどうか?

それでは今回、残りの3つの理由について考えたいと思います。

まず、(2)輸出依存型の産業構造が貿易黒字・円高を呼び、輸入物価の低下を通じてデフレ圧力として働いた、という理由です。

日本の貿易収支と円の対米ドルレートを見ると、1980年代に貿易黒字基調が定着し、円高の進展が起こったことが分かります(下図)。これは、輸入するモノの価格低下を通じて、デフレ圧力となったと思われます。

しかし、最近の貿易状況をみると、基調としての黒字は失われています。加えて、日米の通商問題は日本の輸出額を減少、輸入額を増加させる要因と考えることが自然ですし、「利上げが見込まれる米国と現状維持がメインシナリオの日本」という金融政策の方向性の差異は、為替の円安・米ドル高要因として働きます(なお、現時点では経常収支の動向が重要であるという考え方もあります)。

昨今は比較的為替が安定推移しているため、わが国製造業の海外生産比率の上昇が一段落、さらには反転し、将来貿易黒字基調が復活するのでは?という見方もあるかと思います。しかし、企業の海外生産は長期的な計画のもとに行われるため、計画は、着実に実行される可能性が高いと考えます。そして、今現在においても、海外生産比率の見通しは着実に上昇しています(下図)。


結論として、「貿易黒字などに伴う円高」が、デフレ圧力として働くことが継続するとは思えない状況です。

次に、(3)バブル崩壊により資産価格(不動産)が大きく下落したことの後遺症についてですが、バブル崩壊後ずいぶんと長い年月が経過した今、影響は低下していると考えることが自然です。

さらに、(4)中国が2001年以降グローバル経済に組み込まれ、モノの値段の低下圧力として働いたことについても、中国の労働者の賃金上昇などから、中国の輸出はかつてほどデフレ圧力となっていないと考えています。

少子高齢化はデフレ圧力になるのか

これまで考えてきた4点以外に、デフレの原因となるものはないのでしょうか。多くの人は、将来の日本を考えると今後一段と進展する少子高齢化が、デフレの圧力として働く可能性を意識していると思われます。

少子高齢化による人口の減少は、モノやサービスの需要を低下させることになります。加えて、少子高齢化は年金や医療費等の社会福祉費の増加を通じて、政府財政を悪化させる可能性があります。これが将来に対する不安を引き起こし、消費抑制、すなわち需要の低下要因として働き、デフレ圧力になると考えることもできます。

一方で、少子高齢化は労働力の減少を通じて、供給能力を低下させます。また、政府財政が国債発行に大きく依存していれば、国債の金利を低位に維持したいという思惑が働く可能性があります。仮に、インフレ懸念が少しでも発生した局面で、財政を考慮して、日銀の引き締めが後手に回れば、インフレが抑制できなくなる可能性もあります。

今回は2回に渡って、本当にわが国でインフレが失われたかを考えてきました。結論として、今後10年という時間軸で考えた場合、モノやサービスの値段が上昇しない時期が続く、すなわちインフレは失われたと断言はできないと私は考えます。

(文:アセットマネジメントOne チーフ・グローバル・ストラテジスト 柏原延行)

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