はじめに

10月10日、米国株式市場は再び急落に見舞われましたが、その引き金を引いたのは今年2月同様、長期金利の上昇だと言われています。本来、米国長期金利の上昇は円安ドル高を支援することが多いのですが、リスクオフ環境の中ではそうした関係は成立しにくいと言えます。10月4日に一時1ドル=114円55銭を示現したドル円相場は一転して、円高ドル安に振れる展開となりました。

反面、為替市場を見渡すとこれまでのセオリーでは説明がつかないことが起きています。ドル円相場もさほど円高が進んでいない印象の中足元の為替市場についてどのように見たらよいのか、考察してみたいと思います。


株安と新興国通貨高という意外な組み合わせ

まず、直近の為替市場で違和感を覚えるのは底堅い新興国通貨の値動きです。本来であれば、いわゆるリスクオフ環境では、日本円とは逆に新興国通貨は売られやすい傾向があります。しかしながら、今回の世界的な株安の連鎖の中で新興国通貨は概ね堅調に推移しています。では、世界的な株安と新興国通貨高という意外な組み合わせをどう考えるべきでしょうか。

この疑問を解く鍵としてマクロ系ヘッジファンドの存在が挙げられそうです。彼らは一定のシナリオに基づきポジションを構築するのが普通ですが、そのシナリオは米国経済の強さを前提に組み立てられているのではないでしょうか。そうであれば、多くのファンドが米国株買いはもちろんのこと、資金の米国一極集中を見込んだ新興国通貨売りドル買いというポジションを構築していても不思議はありません。

おそらく今回の米国長期金利上昇というタイミングで、彼らは保有しているポジションを一旦手仕舞ったことが推測されます。つまり、米国株売りと合わせ、新興国通貨の買い戻しを行ったということです。それ以外にも原油先物の買いポジションの手仕舞いなども行っていると想像されます。もちろん、ヘッジファンドのような投機筋のポジション調整だけで相場の方向が決まると考えるのは乱暴ですが、一定の役割を果たしたのではないでしょうか。

なお、ドル円相場についてお話すれば、図表(1)のようにシカゴで取引されているIMM通貨先物のポジションを見る限り、投機筋はここもと大きく円売りに傾斜していたことが分かります。直近の動きはあくまでもポジション調整の円買いが主体であって、本格的に円高ドル安局面が始まったと考える必要はないでしょう。

「為替条項=円高」の信憑性

さて、10月中旬、「為替条項」という言葉に注目が集まりました。きっかけは、10月13日にムニューシン米財務長官が日本との新たな通商交渉で「為替条項」を求める考えを示したと、日本のメディアが伝えたことです。

「為替条項」とは、為替介入を含む競争的な通貨切り下げを自制するという取り決めであり、違反したと認められる場合、関税を引き上げるなど対抗措置を取ることができる仕組みとなっています。これによって、日本の為替政策あるいは金融政策の手が縛られ、円高方向への水準修正が起こるとの思惑が市場の一部では台頭したようです。

ただし、ムニューシン氏の発言には続きがあります。「日本だけを対象にしているわけではない、全ての国に適用したい」、さらには「日本側とは具体的な協議を開始していない」という部分が重要でしょう。つまり、同氏は米国の貿易交渉の原則論を述べたに過ぎず、日本を殊更にターゲットにしているわけではないことが分かります。

結局、米国が「為替条項」に触れたから、円高方向への水準修正が起こる、ないしはこれ以上円安が進まないという解釈はやや短絡的ではないでしょうか。

IMFは現在のドル円レートを支持?

一方、あまりメディアでは取り上げられていませんが、9月下旬、国際通貨基金(IMF)が日本との経済協議(対日4条協議)終了後に声明を発表しました。その中でIMFは、日本の経常収支と関連づけて、2018年の円の実効為替レートは中期的なファンダメンタルズと概ね整合的な水準にあると暫定的に評価しています。

興味深いのは、経常収支を引き合いに出し、円の適正水準に言及しているところです。為替市場では、円高を予想する向きの根拠として日本の経常黒字が指摘されることが多々あります。IMFはこうした経常黒字を拠り所とした円高論に一石を投じたと言えば、いささか大袈裟でしょうか。

なお、日本の金融政策についてIMFは前述の声明の中で、世界的な金融環境の引き締まりの相殺に貢献していると評価し、政策の継続を支持している模様です。米連邦制度理事会(FRB)の金融政策に苦言を呈すトランプ大統領が日銀の金融政策に対しても注文をつける可能性はないとは言えませんが、日銀が早期に正常化に向かった場合、世界の金融市場を危うくするというIMFの見方は非常に的確な反論として使えそうです。

結局、日米金利差は今後も総じて拡大基調を辿ることが予想されます。急激な米長期金利の上昇は時にリスクオフの円買いを招く場合もありますが、長い目で見て、円安ドル高を支援する材料との認識に変化はありません。

(文:大和証券 投資情報部 シニア為替ストラテジスト 石月幸雄)

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