はじめに

欧州情勢が混迷の度を深めています。最も大きな火種となっているのが、ブレグジット(英国のEU離脱)を控えている英国です。

ただその情勢は、遠く離れた日本からは理解が難しい面もあります。一方で、グローバル化が進展している現在、欧州情勢の変化は日本経済にとっても無縁ではありません。つまり、直接は欧州関連のビジネスに関わっていないビジネスパーソンにとっても、決して他人事ではないわけです。

足元の複雑怪奇な欧州情勢は、どんな経緯を経て生じているのか。現状をひも解いてみます。


最大の障害は北アイルランド

「ブレグジットの交渉でわれわれは昨晩、大事な一歩に到達した。だが、この先は長い道のりだ。英国の秩序ある離脱をやり遂げることが残されている」――。ブレグジットをめぐる英国との話し合いでEU側の交渉責任者を務めるミッシェル・バルニエ首席交渉官は11月15日、こうツイッターに投稿しました。

英国政府は14日、英国とEUの交渉官レベルで暫定合意した英国の離脱協定案を了承。難航していた交渉はようやく一歩、前進しました。同国のテリーザ・メイ首相は会見で、「英国の人々の意思を尊重しなければならない。われわれは(来年の)3月29日、EUを離れる」と宣言。EUからの離脱に向けた調整を予定通りに進める考えを強調しました。

両者の話し合いで最大の障害になっていたのは、島国の英国が唯一、陸続きで接するEUの一員、アイルランドと英領北アイルランドの国境管理の問題です。

両地域間に物理的な壁、いわゆる「ハードボーダー」を設けないことではこれまで、両者の意見が一致していました。しかし、EU側が英国の離脱後も北アイルランドだけをEUの関税同盟に残す案を唱えていたのに対し、英国側は「国家を分断させることになる」と反発。北アイルランドを含む英国全土を関税同盟に残すよう求めていました。

英国が今回、EUと取りまとめた離脱協定案では、EUが英国に歩み寄った格好です。両者は英国のEU離脱後も2020年末までハードボーダーを築くことなく、英国全土がEUの関税同盟にとどまる「移行期間」を設けることで暫定合意していますが、仮にアイルランド問題が同年末までに解決しなかった場合には移行期間を延長することが協定案に盛り込まれました。

金融市場が恐れる最悪のシナリオ

ただ、英国が「秩序ある離脱」を成し遂げることができるかは極めて流動的です。同国議会の「厚い壁」が待ち構えているからです。フランスの高級紙「ル・モンド」の電子版は「メイ首相が徐々に孤立しているようだ」などと指摘。政府が離脱案を了承したことに抗議して
閣僚や閣外担当相が相次いで辞任したことを伝えています。

いち早く辞任を表明したのが、シャイレッシュ・バラ・北アイルランド閣外担当相です。バラ氏は、2016年に行われたブレグジットの是非を問う英国の国民投票でEU残留を支持していた一人。同氏は離脱協定案を「英国の主権や独立を認めるものではない」などとツイッターでつぶやきました。

さらに大きな衝撃だったのが、ドミニク・ラーブEU離脱担当相の辞任です。同氏はツイッターで「EUとの合意を良心から支持することができない」と述べ、メイ首相に宛てた書簡を公開。「合意は英国の一体性に対する脅威だ」などと主張しました。

メイ首相率いる与党・保守党は現在、英国下院で過半数割れ。北アイルランドを地盤とする地域政党の民主統一党の閣外協力の下、なんとか多数派を維持している状態です。

野党・労働党は離脱協定案に反対票を投じる意向を示しています。こうした中で、閣僚や閣外相など保守党の幹部が次々と辞任。加えて、EU懐疑派が党内に少なくないとなれば、協定案が議会で否決されてしまう可能性も決して低くはないでしょう。

保守党議員の一部は不信任案提出など「メイ首相下ろし」の動きを見せ始めています。政局が混迷の度を深めるようだと、ブレグジットをめぐる交渉どころではなくなるかもしれません。そうなれば、「合意なき離脱」が現実味を増すリスクも考えられます。

来年3月29日の離脱と同時に、モノの自由な移動が認められなくなって関税が復活。国境には通関の手続きを待つトラックなどが長蛇の列をなし、経済に大混乱が生じる……。金融市場が最も恐れるシナリオです。

イタリア、ドイツでも不穏な動き

欧州の政治・経済危機の火種は至るところにくすぶっています。イタリアの予算をめぐる同国とEUの対立もその1つ。厳格な財政のルールを重視するEUは、景気刺激を狙ってバラマキ型の予算案を策定したイタリア政府に見直しを要求。同国政府はこれに応じない方針を示しています。

6月に発足した同国の連立政権は、もともとEUに懐疑的な立場。「ポピュリスト政権」と揶揄されています。EUによる制裁発動の可能性も指摘されていますが、イタリアが素直に従うとは考えにくいところです。

EUのリーダー国、ドイツの政治情勢も気になります。アンゲラ・メルケル首相は地方選連敗の責任を取る形でキリスト教民主同盟(CDU)の党首の座から退くことを発表。首相に関しては2021年の任期満了まで続投する考えですが、同国の国内のみならずEU域内における求心力の低下は避けられません。

メルケル首相はEUの象徴的な存在。フランスのエマニュエル・マクロン大統領とともに「EU重視」を掲げ、すべての加盟国をリードしてきました。その“重し”が外れてしまえば、難民受け入れなどに消極的な国々の「内向き」志向が一段と強まりかねません。

外国為替市場も不安定な欧州情勢を反映。2月ごろからユーロを売ってドルを買う動きが続いています。ユーロの先安観は当面、払拭できそうにありません。

(写真:ロイター/アフロ)

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