はじめに

「日本で引きずり降ろされた“大将軍”」――。フランスの高級紙「ル・モンド」の電子版は、日産自動車のカルロス・ゴーン元会長逮捕のニュースに、こう見出しを付けて報じました。

東京地検特捜部は11月19日、ゴーン容疑者を金融商品取引法違反の容疑で逮捕。有価証券報告書に自らの報酬を少なめに記載していた疑いがかけられています。日産は同月22日の臨時取締役会でゴーン容疑者の会長職解任に踏み切りました。

ゴーン元会長は1999年にフランスの大手自動車メーカー、ルノーから日産へやってきて、瀕死の状態からの立て直しに成功。V字回復を果たした手腕が評価され、「長年にわたってほとんど神のように見られていた」(ル・モンド電子版)とあって、国内外に大きな衝撃が走りました。

今回の逮捕劇を、もう一方の当事者であるフランス側はどのようにとらえているのでしょうか。現地事情にくわしい関係者の話から、フランスの本音を探ります。


様変わりした提携の構図

本題に入る前に、ルノーを取り巻く現状について整理したいと思います。

ルノーは現在、経営危機に直面していた日産株式の43%を保有。一方、日産のルノー株の保有比率は15%にとどまります。ただ、ルノーによる日産救済時とは状況が激変。危機を脱した日産はむしろ、ルノーにとって収益柱ともいえる存在になりました。

同社の2017年12月期営業利益は38億5,400万ユーロ。このうち、日産のルノーに対する利益貢献は27億9,100万ユーロに達しており、前期に比べて約60%増加しました。ルノーの本業の儲けの7割以上を日産が稼いでいる計算です。

「フランスの自動車業界は、ドイツに比べてユーロの変動に対する感応度が高い」。あるフランス人エコノミストはそう話します。

ユーロ安で受ける恩恵はフランスの自動車メーカーのほうがドイツのメーカーよりも大きく、逆にユーロ高に対する抵抗力はフランスのメーカーのほうが劣っている。換言すれば、高い競争力を有し、為替の変動に左右されにくいのがドイツの自動車メーカーというわけです。

自動車を国の重要な産業に位置付けているフランス政府としては、失地回復を図りたいところでしょう。ルノーが日産との提携関係の維持を目指すだけでなく、各メディアが伝えるように、ルノー株を15%保有する政府の意向に沿う形で統合のシナリオを描いていたとしても不思議ではありません。

フランス側は事態をどうとらえているか

「日本の一部新聞の論調が『日産の社内でルノー憎しというムードが強まっている』とのトーンへ傾いてきた」。今回のゴーン元会長逮捕の報に接したとき、私はあるフランス人ジャーナリストが約5ヵ月前、そんな心配をしていたことを思い出しました。

日産はゴーン元会長の不正行為について、数ヵ月にわたり内部調査を進めてきたことを明らかにしています。フランス政府やルノーによる完全子会社化の動きを警戒する日産側が、「Xデー」へ向けて伏線を敷いていたようにも思えます。

前出のフランス人ジャーナリストは「ルノー側には『ゴーン氏がいなければ日産は生き残ることができなかったはず』との見方が根強く、『ルノーに技術を奪われてしまう』といった懸念が日産側にあることなど理解していないだろう」とも述べていました。

それだけに、ルノー側からすれば、今回の逮捕劇は晴天の霹靂(へきれき)。日産の真意を測りかねているかもしれません。

フランスには提携の先行きへの不安が広がっています。「『日産側がルノーとの提携関係の解消、あるいは支配権を取り戻すための策略』と、多くのフランス人が考えているのではないか」。ル・モンド紙のフィリップ・メスメール記者はそう指摘します。

影響力を増すフランス政府

今後の大きな焦点は、フランス政府の出方です。エマニュエル・マクロン大統領とゴーン元会長はもともと、そんなに親しい関係にはありませんでした。社会党出身でもある同大統領は、日産だけでなくルノーの最高経営責任者(CEO)としてゴーン元会長が得ていた高額の報酬に批判的で、経済相時代には反対を突き付けました。

しかし、今年に入って「フランス政府やマクロン大統領は、三菱自動車を含む3社連合のガバナンスをきちんと整理するという条件の下、ゴーン元会長のルノーCEO続投支持を決めた」(メスメール記者)。「ガバナンスの整理」には「ルノーと日産の経営統合」も含まれていたとみられます。

フランス政府はこれまで、多くの雇用を脅かすなど自国経済に大きな悪影響が及びかねないと判断した場合には、企業の決定にも公然と介入を繰り返してきました。

ゴーン元会長の逮捕をきっかけにクローズアップされたのが「フロランジュ法」。政府が2014年に制定したもので、株式を2年以上持つ株主に2倍の議決権を与えるというルールです。政府がルノーの意思決定などに口出しできるのも、同法によって議決権が保有株比率の倍の30%にハネ上がっているからです。

レッセフェールとの相克の果てに

フロランジュ法という名称の由来は、フランス北東部の都市、フロランジュです。

ルクセンブルグに本社を置く世界最大の鉄鋼メーカーのアルセロール・ミタルは2011年、フロランジュにあった高炉の閉鎖を発表。600人以上の雇用が失われることへの懸念が高まり、フランス全体を巻き込む社会問題へ発展しました。

翌2012年の大統領選の争点にもなり、フロランジュを訪れたフランソワ・オランド前大統領は雇用の維持を約束。長期にわたってフランス政府とアルセロール・ミタルの対立が続きました。その後制定されたフロランジュ法には、議決権の2倍ルールと並んで、大企業が事業所などを閉鎖する際には売却先探しをするよう義務付けることが盛り込まれました。

個人や企業の自由な経済活動には干渉しない「レッセフェール」。経済学で頻繁に使われる言葉ですが、もともとはフランス語で「為すに任せよ」という意味です。そのレッセフェールとは一線を画しているのが、フランスの産業政策の考え方。同国政府がルノー・日産連合の問題にどう対処するのか、きわめて読みにくい面があります。

(写真:ロイター/アフロ)

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