はじめに

読者のみなさんからいただいた家計や保険、ローンなど、お金の悩みにプロのファイナンシャルプランナー(FP)が答えるFPの相談シリーズ。今回は読者の家計の悩みにプロのFPとして活躍する野瀬大樹(のせ・ひろき)氏がお答えします。

相続税や贈与税について教えてください。私の父には、前妻との間にもうけた息子Aがおり、長年絶縁状態だったのですが、最近になって生活に困窮したのか、父を頼りにしてAから連絡がくるようになりました。現在のところ突っぱねているのですが、父は「自分が死んだときに財産がAに渡るのがいやだ」と言っており、全資産を今の妻(私の母)あるいは私に譲りたいと考えているようです。

全資産といっても、時価1,000万円程度の持家と数百万円程度の現預金なので大きな金額ではないのですが、

1.Aには資産が一切渡らない
2.相続・贈与にかかるコストを最小化する
3.父が生きているうちに相続の手続きを完了する

上記3つを満たすためには、どのような手順を踏むのが最適でしょうか。生々しい話で大変恐縮ですが、よろしくお願いいたします。
(20代後半 独身 男性)


法定相続人には相続の権利がある

野瀬: これはまた実名ではご相談しにくいお話ですね。

まず、前提からお話しますと、前妻とのお子さんであってもお父様の遺産を相続する権利は当然あります。この相続を受ける権利がある人を「法定相続人」というのですが、ご質問者の状況ですと、お母様、ご質問者、Aさんの3名が法定相続人に該当します(念のためですが、前妻は該当しません)。

そして法定相続人には、それぞれ相続の権利の割合がありまして、お母様が2分の1、ご質問者が4分の1、Aさんが4分の1です。前妻の子であろうが、後妻の子であろうが、子である以上同じ権利を持っているのです。

もちろん遺言を残すことによって、この比率を変えることはできます。

その際はキチンと「公正証書遺言」を残しておき、たとえばそのなかで、すべてをお母様にもしくはすべてをご質問者に……という文言を残しておけばよいのです。

遺留分という考え方

ただし、この「公正証書遺言」ですべてご質問者の思惑通りに動くわけではありません。それが「遺留分」です。

たとえば、兄弟の中で一人、ものすごく親に嫌われていた子がいた場合、「あんな奴にはビタ1文やらん!」と親が言ったとしてもよほどの理由がない限り、法定相続分の半分は相続する権利があるのです。

今回の場合、Aさんは4分の1の半分である8分の1については「相続したい!」と主張することができます。

また、生前にお父様から、住宅費や生活費などの特別な援助を受けていた場合、その分を考慮して相続分から差し引くこともできる「特別受益」という制度もあるのですが、質問内容に「突っぱねている」とありますので、Aさんは金銭的な援助を受けていないと推察されます。ですからこの制度は使えないでしょう。

むしろご質問者の不利になりかねないので、ヤブヘビだと思います。

「こっそり」相続を済ませてしまうことはできる?

では、遺言のなかでこっそりと全財産をお母様かご質問者に譲ると記載することで、遺留分を主張できなくすることはできるのか?……という生々しい話なのですが、現実的には難しいでしょう。

なぜなら公正証書遺言は検索しようと思えば、いつでも検索することができるからです。ですから、Aさんが公正証書遺言の検索方法を知っている場合、その遺言の存在を知ることはできます。

また、仮にAさんが調べなかったとしても、遺留分を主張する権利である「1年間」は、相続より1年ではなくて、Aさんが相続について「知った」日から1年間なので、こっそり相続を済ませてしまうことでやり過ごすことも難しいと思われます。

そうなると残された手は、生前贈与です。相続と異なりAさんに知られる可能性が低いので、ご質問者のご意向に沿う方法だと思います。

ただし、資産が1,000万円の持家と数百万円の現預金とありますので、基礎控除が3,000万円である相続税なら税負担はゼロであるのに対して、贈与にした場合、基礎控除は110万円であり税負担が重くなります。

相続なら税負担ゼロだったのに、あえて贈与にしたから税負担がでてしまうのは少しもったいない気もしますね。

相続は「勘定」より「感情」

これは私の個人的な見解ですが、落としどころとしては「お母様の老後資金としてお母様がすべて相続する」というかたちが一番収まりが良い気がします。

お母様の老後資金としての2,000万円というのは妥当な金額だと思いますし、ご質問者が全額受け取るよりはAさんも納得しやすいと思われます。

結局、相続は「勘定」というより「感情」の問題ですので、このあたりAさんが納得しやすいかたちに極力近づけるのがよいでしょう。そしてこの方法の場合、もし将来お母様が亡くなられても、そのお金はまた基礎控除3,000万円の範囲内(つまり相続税ゼロ)で、100%ご質問者が相続できることになります。

この2次相続の段階では、Aさんに相続の権利がまったくなくなります。

ただ、Aさんが「生活に困窮したのか」とありましたので、納得していただけない可能性も残ります。そのような場合は、生前に贈与する方法がよいでしょう。相続税と異なり税負担が生じてしまいますが、贈与金額を小さく刻むことで税負担も極力小さくすることができます。

今回のご相談は生々しく、非常にアドバイスしにくい案件なのですが、実は口頭ベースの相談で一番多いのがこの手の内容です。高齢化も原因のひとつですが、離婚・再婚の増加によって今後もこのような相談が増えていきそうですね。

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