はじめに

昨年、トランプ政権が対米貿易黒字を1,000億ドル減らすよう中国に求め、米中の貿易摩擦が激化してから、早1年が過ぎました。一方、日米間の通商交渉は今年4月から本格化し始めています。

どちらも、世界経済に何らかの影響を及ぼしますが、その程度は異なりそうです。今回は、米中間と日米間の本質的な違いを探ってみます。


不公正の程度が違う

そもそも、米中貿易摩擦はトランプ政権になってから始まったのではありません。20年以上前から、米国は中国の不公正を批判していました。

それは、(1)知的財産権保護の不十分さ、(2)国営企業優遇による競争排除や低コスト生産を通じた輸出ダンピング(不当廉売)、(3)補助金供与による企業の低コスト生産を通じたダンピング支援、を主に問題としていたのです。現政権で新しいことは、“だから追加関税をかける”と主張して実行したことなのです。

対する中国は、自由貿易を支持する、と主張しています。確かに、関税をなくしたほうが世界経済にとって良いことですが、それは互いに公正な競争環境が維持されていることが前提です。もしも、貿易相手国の生産が不公正で競争的でないとしたら、経済に良いとはいえません。

今の中国は、2001年からWTO(世界貿易機関)に加盟して独占禁止の法令などを整備しているものの、改革を進めている最中。ですので、米国は「まだ不公正を正していない」と主張しているのです。

では、日本はどうでしょうか。1980年代からの日米貿易摩擦とその交渉の過程で、非関税障壁や商慣習の問題などはおおむね解決されているので、いまさら不公正を理由に日本を攻撃することは難しいと思います。

このような状況で、今回の通商交渉では、政治的に重要度の高い農業分野と、経済的に重要度が高い自動車分野に焦点を当てているようです。ただし、農業分野については、自由化してもGDP(国内総生産)への影響や、輸入品の値下がりによる影響は小さいとみています。

一方、自動車分野については、狙いは人口減の日本で米国車の販売を拡大するよりも、米国での日本車のプレゼンスを低下させることにあるようで、米国での輸入車の量的制約が論点になるかもしれません。しかし現実は、日本の自動車メーカーの米国への輸出台数は減少し、北米で生産する日本車の米国販売シェアが拡大しています。米国自動車産業にとっては、日本からの輸出台数に制約を課したとしても、本質は変わらないと思います。

経済の発展段階が違う

日本は、すでに確立された強いブランドが大きな付加価値を持っているため、生産拠点が日本国内であるか、米国であるかで付加価値に大きな差はありません。しかし、世界の工場である中国は強いブランドが少ないため、中国で生産しなければ大きな付加価値は得ることが難しいのです。これは、日本と中国で経済の発展段階が異なるからです。


経済の発展段階(イメージ図)

上図のように、経済発展の第4段階にある日本は、自動車や電気製品、機械、素材などで世界に誇る付加価値の高い製品を生み出し、そのブランド力で日本企業の価値の取り分が多い状態を作り出しています。一方、経済発展の第2段階から第3段階にある中国は、ようやく現地の生産技術が確立した段階にあり、国営企業の優遇や補助金の供与で、他の中所得国との生産拠点競争をする状態にあります。

このように、日本はすでに先進国入りしてからの通商交渉になりますが、中国については、軍事力など別の側面を含めた総合的な観点で脅威と米国に認識されたため、「中所得国の罠」(先進国入りを前に経済成長が鈍化すること)から脱却する前の段階で、貿易摩擦に突入してしまったといえます。

日米間の通商交渉は、今後さまざまな懸念をもたらす可能性があるものの、不公正さと発展段階の違いという点で、米中貿易摩擦とは本質的に異なります。今後の報道内容によっては特定業種に一時的な懸念が出て、株価指数にも影響を与える可能性はあるものの、長期・分散投資を行う投資家からみれば、通商交渉の結果によって国内株式市場(日本経済)の長期低迷につながるとは考えにくいと思います。

<文:チーフ・ストラテジスト 神山直樹 写真:ロイター/アフロ>

この記事の感想を教えてください。