はじめに

6月7日に発表された米国の5月雇用統計は、非農業部門就業者数と平均時給伸び率が市場予想の平均値よりも弱い内容となり、発表直後からドルの売り圧力が強まりました。つまり、米国の利下げ期待が強まっている環境下で、平均時給の伸び率が弱かったことによる米金利低下が、ドル円相場の頭を重くしたのです。

しかし、米株式市場では、米利下げ観測が好感され、株価は寄り付きから上昇。為替市場でのドルの売り圧力は弱まりました。

週末にG20財務相・中央銀行総裁会議、日米財務相会談が控えていたことに加え、週初から盛り上がっていたドナルド・トランプ大統領による対メキシコ関税問題に関するヘッドラインへの警戒もあり、投機的ポジション(株先物売り・円買い)を大きく傾けたくない心理が働いたのではないかと考えられます。

もともと3~7日の週は、対メキシコ関税問題、ADP雇用統計を受けて、短期筋や投機筋、デイトレーダーのドルの売りが溜まりやすい地合いでした。ポジション調整はドルの買い戻し方向であったと想像しています。


「リスクオフ」と「リスクオフトレード」は違う

筆者が常々説明しているのは、「リスクオフトレード」は「リスクオフ」ではなく、「リスクオン」だということです。

「リスクオフ」は、直訳すると「取っていたリスクをやめる。持っていたポジション(円売り、株買い)をやめる」ということ。しかし、「リスクオフトレード」の大半は「新たに円買いポジションを作る(ドル円を売る)、新たに株先物を売る(株を空売りする)」という短期筋や投機筋、デイトレーダーの「リスクオン」が大半であると、筆者は考えています。

人工知能(AI)を駆使した短期筋がニュースヘッドラインに瞬時に反応してしまう昨今、AIのファーストリアクションに、他の投資家らも迎合してポジションを作りにいっていると思っています。彼らのポジションの手仕舞いは「リスクオフ」に見えても、世間一般に言う「リスクオン」方向に動いています。

短期筋中心の相場では、「リスクオフトレード」は逆に、ドル円相場の値動きを底堅くしてしまう可能性が高いと思っています。

対メキシコ関税問題も週末に収束

筆者は「米国による対メキシコ関税は、米国経済に対する自爆テロ行為と同じ。2020年の大統領選で再選を狙うトランプ大統領にとって致命傷になるため、最終的には対メキシコ関税はできない」と予想してきました。これは、対メキシコ関税に対する米産業界からの猛反対を見れば、歴然です。

トランプ大統領は日本時間の6月8日午前9時半頃、「米国はメキシコと合意文書に署名。よって10日発動予定のメキシコに対する関税は無期限で停止された」とツイッターに投稿しました。すでにNY市場は引け後であり、筆者の予想通り、対メキシコ関税回避は週明け10日早朝のオセアニア市場から織り込まれる形となりました。

ザラ場の値動きを見ると、ドル円相場が108円55~60銭水準、ドル/メキシコペソ相場が19.30メキシコペソ水準で、窓を開けて寄り付きました。

2つの懸念材料を越えた先にあるシナリオ

6月8~9日に開催されたG20財務相・中央銀行総裁会議での注目材料は1つだけであった、と筆者は思います。同時開催予定の日米財務相会談で、通貨安誘導を防ぐ「為替条項」が取り上げられるかどうか、という点です。

「為替条項」というフレーズは、円高論者の“心の糧”と言っても過言ではないでしょう。しかし市場の期待とは裏腹に、スティーブン・ムニューシン米財務長官と麻生太郎財務相の会談で、為替について議論する計画はないという米国側の発言が伝わりました。この発言も、10日の窓開けにつながったと思われます。

米中貿易問題の先行き不透明感は依然強いものの、目先の円高材料である対メキシコ関税と為替条項が払拭されたことは、ドル円相場の上昇につながると考えています。その先には、筆者が予想している「秋口に1ドル115円を上抜け」というシナリオが、現実味を帯びてくるはずです。

<文:チーフ為替ストラテジスト 今泉光雄>

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