はじめに
体温計といえば、腋(わき)に挟んで使うもの。ところが、この方法だと「深部体温」と呼ばれる体内の体温を正確に測ることはできません。
そこで、東北大学の吉田慎哉・特任准教授らを中心に開発を進められているのが、飲み込んで腸内の温度を測る小型デバイス「飲む体温計」です。実用化されれば、睡眠改善や排卵日の予測、熱中症対策など、さまざまな目的で使えるというこのデバイス。欧米ではすでに実用化されているものもあるそうです。どんなものなのか、取材しました。
飲み込んで排泄まで約24時間
吉田さんらが開発中のデバイスは直径約8ミリ、厚さ約6ミリと錠剤程度の大きさ。主な材料は樹脂で、温度センサーやマイコン、超低消費電力のタイマーなどが組み込まれています。
ボタン電池のような形ですが、体に有害な電池を使っておらず、胃酸を使って発電します。子どもの理科の実験で、レモンに2つの電極を指して電流を発生させる「レモン電池」というものがあります。飲む体温計は、これと同じ仕組みで電流を起こします。
体内にとどまっているのは約24時間。胃で動力源を蓄え、腸に入った段階で温度センサーのタイマーをオン。腸を約10時間かけて通過する間に、30分に1回程度、腸内温度を測り、体外にある受信機に送信します。
使い捨てなので、販売価格は1個500円以下、将来的には100円程度を目指すといいます。
睡眠障害の治療や熱中症の予防
体の表面の温度「皮膚温」に対して、内蔵や脳の温度で示す深部体温。現在は直腸に体温計を指して測りますが、恥ずかしさや直腸を傷つけるリスクなどがあり、日常的に測ることは不可能でした。
深部体温は体内時計に合わせて、1日の間に変化します。この体内時計がずれると、睡眠障害や気分障害、肥満、糖尿病など、さまざまな病気や健康へのリスクが高まることが知られています。「深部体温を測定できれば、さまざまな病気の治療や体調管理に使える可能性があります」(吉田さん)。
飲む体温計を開発中の吉田さん
たとえば睡眠障害。米国では1,500万人、日本では500万人が不眠に悩んでいるとされます。深夜勤務やスマートフォン・タブレットの見過ぎなどで体内時計が狂うことが原因のケースもあります。睡眠薬ではなく、深部体温を定期的に測りながら体内時計を修正することで、治療できる可能性が考えられます。
熱中症対策にも使えそうです。夏の建設現場などでは熱中症で死亡する人が後を絶ちません。飲む体温計を作業員に飲んでもらい、深部体温が一定値を超えるとアラートを鳴らし、熱中症を予防することもできそうです。実際に、吉田さんのところには建設会社から、「社員の体調管理に使えないか」と相談が寄せられています。