はじめに
9月3~6日の週は、ドル円が105円台後半から107円台まで踏み上げられる相場でした。
もともと「リスクオフ」というテーマに沿ってドル売り・円買いになりやすいポジションが切らされる(損切りさせられる)相場だったことで、週末に積極的にドル売り・円買いを仕掛けることもできず、最終的には106円台後半での売買交錯でニューヨーク市場は引けました。
先月には一時、1ドル105円台まで突っ込んだドル円相場。今後もこのまま、切り返しが期待できるのでしょうか。カギを握るのは、やはり“あの人物”のようです。
気がかりな平均時給の上方修正
為替相場に大きな影響力を持つ米国の雇用統計は、9月6日に最新の8月の数値が発表されました。非農業部門就業者数(NFP)が市場予想よりも弱い内容となった一方で、平均時給伸び率(前年比)は市場予想よりも高い内容となりました。
また、5日に発表された8月のADP民間雇用者数は前月比+19.5万人(市場予想中心値+14.8万人)と強いものでした。弱いNFPに対する市場の反応は、ドルの下落、米金利の低下、米国株式指数先物の下落となりました。
失業者数を示す失業保険受給者数
今回発表された米平均時給(前年比)では、8月分が予想よりも高い内容だったことに加えて、7月分の上方修正や、前月の6月分上昇修正も注目しておきたいところです。「米物価指標は上がらない」ありきできている相場だけに、物価トレンドに変化が見えてくると、市場は大きく反応してしまう可能性もあります。
パウエル発言が意味するもの
8月雇用統計が発表された後に、米FRB(連邦準備制度理事会)のジェローム・パウエル議長のチューリヒでの講演内容が伝わりました。パウエル議長のスタンスは、これまでの発言となんら変わらないものでした。
「個人消費と金融政策による下支え効果で、今年の経済成長は2~2.5%を達成できるだろう」
「経済見通しに対して著しいリスクが存在する」
「この景気拡大を維持するため、引き続き適切に行動する」
「リセッションは予想していない」
「米国経済の最も可能性の高い見通しは依然として、緩やかな成長と力強い労働市場に加え、インフレ率が当局の2%目標に近づくという好ましいものだ。ただ、世界的な景気減速や貿易政策をめぐる不確実性、持続的な低インフレなどを含む大きなリスクは存在するため、それらを注視していく」
つまり、「ドナルド・トランプ大統領が引き金を引いた貿易政策(対中関税)だけが、米国経済にとって唯一のリスク」と暗に指摘している、と筆者は考えています。
はたして、この「トランプ・リスク」が米利下げで対処できるものなのでしょうか。筆者は、米利下げは何の解決にもならないと思っています。
米中貿易戦争が来年11月3日の米大統領選まで続くなら、米利下げがあったとしても、米国経済は今後悪化していく可能性が高いと思っています。そして、何度も触れてきたとおり、トランプ大統領が来年の米大統領選で敗北する可能性も高まると考えます。
「トランプ・リスク」の終着点は?
8月8日の米CNBCで、オハイオ州の大豆農家のインタビューが放送されました。その農家は「2016年にはトランプ氏に投票したが、2020年はトランプ大統領には投票しないかもしれない」と発言していました。
いち農家の発言が全米を代表するものではないことは当然ですが、報道によると、米国では農家の破産と自殺が増えているといいます。その原因は、トランプ関税に対する報復として、中国が米国の農産物を購入しなくなったことです。
2016年の米大統領選で、トランプ大統領は農業州・ミシガン(2016年米大統領選得票率差0.3%)と酪農州・ウィスコンシン(同得票率差0.7%)と僅差で勝利しました。米国の農家がそっぽを向けば、すぐにでもひっくり返る僅差です。
トランプ大統領の焦りに対して、中国の習近平・国家主席は非常に沈着冷静に対応していると思えてなりません。つまり、トランプ大統領はそろそろ米中通商合意に向けて動かざるをえないと筆者は考えています。
<文:チーフ為替ストラテジスト 今泉光雄>