はじめに

フォルクスワーゲン(VW)が起こした排ガス不正問題ですが、訴訟社会のアメリカ市場ではVWはいち早く、買取りも含めた消費者対応を行うことを米国の消費者に約束しました。

ところが今週のニュースで驚いたのですが、そのVW社が同じ不正があった車種について、ヨーロッパ市場ではリコール(無償修理)で対応をするだけで、買取り対応はしないと発表したのです。

欧州の不正車については「走行性能や燃費に影響を与えない」からだというのがその理由なのですが、私は「これは負ける確率が高い賭けだな」と思いました。

排ガスを測定するときだけ排ガスが少なくなるようにプログラミングをしていたというのがVWの不正問題の手口でした。つまり当然ですが排ガスが常に規制レベル以下に(少なく)なるように改修すれば、当然、走行性能は影響を受けます。走りが悪くなるか、燃費が悪くなるか、論理的には必ずどちらかの影響が起きます。

それを欧州の消費者に対しては「走行性能や燃費に影響を与えない」から修理対応だけで済ませるとVWの社長が強弁したというのは、企業の誠意としては問題です。


VW社の経営判断

ただ権力の維持という観点では社長の対応は(共感できなくても)理解はできます。欧州の不正車の数は米国の不正車の17倍。そのような大きなところでアメリカ市場と同じ誠意ある対応をすれば、企業業績がさらに大赤字になるのは避けられません。

これ以上の大赤字になれば通常の場合は「社長は引責辞任」などという状況に追い込まれます。そもそも2015年12月期に不正関連として約2兆円の引当金を積んで、業績的にも過去最大の2,000億円規模の最終赤字を計上したVWです。これ以上の赤字を社長としては発表したくはないでしょう。

一方で、欧州の不正車をリコールだけでやりすごすことができれば大きな差益が出て業績が維持できますから、社長の座もキープできる。そう考えて、今回は消費者の怒りを買っても短期的な利益を取りに行ったというのがVW社の経営判断だと思います。

でもそれでVWは得するのでしょうか?怒りを覚えた消費者はVWから離れていきますから、今の社長の権力はキープできても、次の社長の時代には、VWは社長も社員ももっと苦労をすることになるはずです。

さて、大企業というものは、訴訟になると短期的に、どんなに周囲には醜く見られても勝ちに行くという傾向があります。

先週、不正が発覚した三菱自動車グループでも、2002年に起きた現三菱ふそうの「空飛ぶタイヤ事故」の民事訴訟では、1億6500万円の損害賠償を求めた裁判で三菱は無罪を主張し、裁判ではその主張が認められ、三菱ふそうが被害者に支払った賠償金は550万円ですみました。

会社側としては大勝利だったわけですが、こんなところでこんな勝ち方をしたことと、今回、会社がなくなるほどの不正が三度起きたことの間には、実は因果関係があるということに当事者たちは気づいているのでしょうか?

放射線物質は誰のものでもないという東京電力の主張

また、日本各地では反原発の運動が起きています。もし東日本大震災のときに汚染の除去を求めたゴルフ場の訴訟で東京電力が「原発から飛び散った放射性物質は、東電の所有物ではない」という主張をしなかったら今の状況は変わっていたのではないでしょうか。実際は東電がゴルフ場に存在する放射線物質は無主物、つまり誰のものでもないという主張をして、それが裁判で認められました。裁判は東電の勝ちで、ゴルフ場の除染費用が節約できました。

でももし東京電力の訴訟チームがこのような短期的な勝利を得なければ、国民はここまで原発を嫌わなかったのではないでしょうか。責任をとってくれない危険物が近くにあるのは嫌だと言う国民の数は、今よりももっと少なかったのではないかと私は思います。

でも当事者にとってはやはり目の前の勝利が重要なのでしょう。

「強弁してでも今の逆風を乗り切る」、その姿勢で本当に未来を乗り切ることができるのか?VWの社長以外の関係者は、実は背筋が寒い思いをしているのではないでしょうか?

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