はじめに
経済的に貧しくなると、心まで貧しくなる
――子どもたちが貧困にあえいでいることについて、政府はどう考えているのでしょうか?
政治家は、ほぼエスタブリッシュメント層なんですよ。特に保守党は。子どもを名門パブリックスクールに通わせて、病気になれば私立の病院にかかる。だからNHS(National Health Service、国民保険サービスの意味で、処方薬などの一部を除き、医療費を負担せずに病院を受診できる)の病院がどうなろうが、公立学校の教員が足りずに教育の質が落ちようがパンクしようが、政治家には関係ないんですよ。
彼等には庶民の暮らしが分からないし、知ろうともしない。「フードバンクが増えているのは知っているけれど、なぜ人々がフードバンクに行っているのかが分からない」と発言して叩かれた政治家もいたくらい。
でも、すべての予算をカットすると国民の不満が溜まるというのは分かっているし、特に保守党は高齢の支持者も多いから、そこは手厚くする。
そうすると、それに対する不満のはけ口として、福祉を頼ってきたシングルマザーや失業者などの支援を積極的に削減し始めた。生活保護バッシングもありましたし、私が働いていた無職者や低所得層向けの無料託児所も地方自治体からの補助金が打ち切られて潰れました。
――国民にも、自分が苦労としているのに他人がラクしてみえるのは許せないという感情が生まれるのでしょうか。
経済的に貧しくなると心まで縮んでしまうというか……。得していると思う人を叩きたくなってしまうんだと思う。緊縮財政によって人々の心も小さくなった気がします。そういうムードは陰気です。
日本でも同じようなことが起きていますよね。この来日中に大学生が取材に来てくれたのですが、「日本には明るい未来がない」と言われました。少子高齢化は進むし、経済は下向きになっていく。年金を背負わなくてはならないし、国には借金もある。だから、「この先明るいことってあるんですかね」って。
それを聞いてとてもショックを受けました。二十歳くらいの時って、もっと楽しいことややりたいことに夢中になっていてもいいはず。でも、頭の中は就職のことばかりが占めていて、「どうやったら安泰な暮らしを得られるか」「どうやったら生き残れるか」ということばかり考えているそうです。
――お子さんとこういう会話をすることもあるんですか?
いやいや、まださすがに(笑)。でも、「緊縮って何?」という会話から、友人が息子にいいことを言っていたので、この本にも書いたんです。
「国っていうのは困ったときにときに集めた会費を使って助け合う互助会みたいなもの」と。その会費を集めている政府が会員である国民のためにお金を使わなくなるのが「緊縮」だというのが友人の説明だったんですけどね。
――「互助会」という表現は面白いですね。
友人は「ベネフィット ソサエティ」って言ったんですよ。生活保護など、国から支給されるお金をベネフィットといいますが、「ベネフィットを支給する社会って言いえて妙だな」と思って、家に帰って日本語でなんと表現するか調べたら、共済組合とか、互助会って出てきた(笑)。
でも、まさにその通りですよね。誰もがいつでも働けるわけじゃないし、病気になるかもしれない。そんなときみんなで貯めたお金で助け合う。互いに助け合う会が国家というのはとてもいい考え方。それが本来の国家のあるべき姿ではないでしょうか。
ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー
<著者>
ブレイディみかこ
保育士・ライター・コラムニスト。1965年福岡市生まれ。県立修猷館高校卒。音楽好きが高じてアルバイトと渡英を繰り返し、1996年から英国ブライトン在住。ロンドンの日系企業で数年間勤務したのち英国で保育士資格を取得、「最底辺保育所」で働きながらライター活動を開始。2017年に新潮ドキュメント賞を受賞し、大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞候補となった『子どもたちの階級闘争――ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(みすず書房)をはじめ、『花の命はノー・フューチャー』(ちくま文庫)、『ヨーロッパ・コーリング――地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)、『労働者階級の反乱──地べたから見た英国EU離脱』(光文社新書)など著書多数