はじめに
読者のみなさんからいただいた家計や保険、ローンなど、お金の悩みにプロのファイナンシャルプランナー(FP)が答えるFPの相談シリーズ。今回はプロのFPとして活躍する野瀬大樹氏がお答えします。
親の遺産を相続する予定ですが、子の立場ではどんな準備をしておけばよいでしょうか? 夫と死別・離婚などということが起きたとして、生活費の面ではどんな備えが必要でしょうか?
(40代後半 既婚・子供1人 女性)
野瀬: 相続の話……となると複雑な問題ですので、専門家に相談するのが一番なのですが、難しいのがその専門家選びです。
私は税理士ですが、2015年頃、同業者の間では「相続税増のチャンスを逃すな!」という動きがありました。高齢化社会に加え、相続税の負担が増えるとなれば、顧問報酬の低価格化で悩み多き税理士業界にとっては“恵みの雨”と受けとられたようで、「うちは相続に強いです」「相続の相談ならぜひ」とオフィシャルサイトや名刺に書く税理士が増えました。
ただ、本当にすべての税理士が相続に強いわけではなく、今まで所得税や法人税のみを担当していた税理士が「これは儲かる」と、いきなり宣伝を始めたケースも多くありました。例えるならば、フランス料理一筋で20年経営していたレストランが、「最近の流行りはラーメン」と聞いて、「ラーメン始めました」と看板を出すようなもの。あまりおいしいラーメンは期待できそうにないですよね。
ですので、専門家を選ぶ際には、「相続業務に長く関わっているかどうか」を判断の材料にするとよいでしょう。
サイトに「あれもやってます」「これもやっています」と書いてある専門家よりも、「相続を○○年やっています」というところのほうがより信用できますし、的確なアドバイスがもらえると思います。
平成27年の法改正で変わったこと
さて、相続税は平成27年1月の法改正により上がりました。実際は「税が上がった」というより、「税金がかからない範囲が小さくなった」というほうが正確です。
以前は「5,000万円+1,000万円×法定相続人の数」までは相続税がかからなかったのですが、この範囲が「3,000万円+600万円×法定相続人の数」となりました。
具体的に、父・母・息子・娘の4人家族のケースで計算してみましょう。
8,000万円の財産を持つ、父が亡くなったとします。その場合の法定相続人は母・息子・娘の3人です。
以前は「5,000万円+1,000万円×3」で8,000万円まで相続税がかからなかったので支払いはゼロだったのですが、法改正以降はその枠が「3,000万円+600万円×3」の4,800万円となり、40%も小さくなりました。
この金額差の影響は大きく、8,000万円を超える人は多くないかもしれませんが、持ち家と預貯金を合わせると4,800万円はギリギリ超えるという人は少なくはないのでしょうか。
それまで「相続税なんて一部のお金持ちの悩みでしょ?」と思っていたものが、そうではなくなってしまったというのが、この法改正のポイントです。
一方、贈与税も相続税の改正に合わせて少しだけ軽くなりました。具体的には、約3,000万円以上の贈与に対して税率が5~10%程度軽減されました。
この「相続は重く、贈与は軽く」の動きは、あまりお金を使わない高齢層から、お金を使う若年層への「お金の世代間移動」を進め、景気をよくしてほしいという国の願いだったのでしょう。祖父・祖母から孫の教育費目的の贈与も、条件付きですが税金がかからなくなりました。
相続税回避で嵌まる罠
この重くなった相続税を回避するために、少し軽くなった「贈与」を利用するという方法は誰も頭をよぎるのですが、いくつか注意点もあります。
贈与は1年に110万円までは贈与税がかかりません。これは有名な話なのでみなさんご存知かと思います。それではコンスタントに毎年110万円ずつを子供の口座に移して問題ないのかというと、それでは少し不安が残ります。
1) 贈与とみなされない可能性
ただ単に親名義の口座から子供の名義の口座にお金を移したからといって、「贈与」とみなされるわけではありません。
「子供の口座といっても印鑑や通帳の管理は実質親が行っていたのだから、これは親の財産です」と言われる可能性があるからです。そうならないためにも、書面で贈与契約書を交わしておくことをお勧めします。
2) 110万円以上の贈与とみなされる可能性
毎年110万円を10年、合計1,100万円をコンスタントに贈与し続けた場合、税務署から「これは1,100万円の贈与を10回に分割払いしたとみなします」と言われる可能性があります。
そうならないためにも、「贈与契約書を毎年作る」「金額を少し変える」「贈与する日付も変える」など、念を押しておいたほうがよいです。
もし配偶者と死別・離婚したら
質問にありました死別・離婚に関してですが、法律上、死別による相続の場合、配偶者にはかなり手厚い制度が用意されていますので、相続税の面については死別の場合はあまりナーバスにならなくてもよいと思われます。
具体的には、配偶者の場合、1億6,000万円までは原則相続税がかかりません。これは夫・妻が亡くなった後の生活の保証という意味合いと、どのみち配偶者が亡くなったときにまた相続税がかかる、という理由からです。
一方の離婚ですが、離婚の場合の「財産分与」は基本的に「結婚後、2人共同で稼いだ財産」が対象となります。
ただ、専業主婦の場合であっても結婚後に夫が稼いだ財産を一切もらえないわけではなく、家事などで夫の稼ぎを支えたとして、その対象となります。芸能人のニュースなどでは「養育費1,000万」「財産分与3億」など、景気のよい話を聞きますが、一般の場合、この財産分与は多くないのが現実です。
また、お子さんがいる場合に支払われる「養育費」も実際のところ支払いが滞るケースが少なくありません。元夫も新しい人と再婚してしまうと、そちらにお金を流すほうに頭が一杯になるからでしょうか。
そう考えると、ある程度の年齢になった女性にとってリスクがあるのは死別よりも離婚でしょう。自宅を購入した時に自分がいくらの頭金を出したか、結婚前はいくらのお金を持っていたのか、生活費はどちらの口座から出していたのか……などをしっかり記録しておき、財産分与の際に有利な主張ができるように準備してく必要があります