はじめに
事態のカギを握る『76年書面』
そんな文書に皐氏が署名していたなどという話は誰も知りません。コピーではなく原本を見せろと言っても、応じなかったといいます。
第一、ソンポテ氏は書面を受け取ってから20年間、まったく何の主張もしていません。円谷プロはこの間に世界展開をしていますが、ソンポテ氏はこの書面の存在を口にしたことは一度もなく、ソンポテ氏自身、海外でコンテンツを利用したビジネスを展開したことは一度もなかったそうです。
そもそも書面は社名や作品名、作品本数が違っているなど、皐氏なら間違うはずもない記載が随所にあったうえ、ライセンス料やライセンスの期限の定めもないなど、ライセンス契約に通常盛り込む項目も入っていませんでした。
ソンポテ氏が6,000万円で譲り受けたというのは、あくまで口頭ベースでの話です。そればかりか、皐氏のサインを複数の専門家に筆跡鑑定してもらった結果、すべて偽造と判断されました。
普通に考えれば、訴訟で決着を付け、ソンポテ氏によるコンテンツ利用を辞めさせれば済む話です。ところが、この通称『76年書面』をめぐる法廷闘争は、複雑な経緯・経過をたどり、20年以上が経過した今も続いているのです。
タイで勝訴も、日本と中国では…
最初の法廷闘争が始まったのは1997年。アジアでソンポテ氏がウルトラマン関連のキャラクター商品を販売し始めたため、円谷プロがタイと日本、両方の裁判所で著作権侵害による損害賠償と、ソンポテ氏側にウルトラマンの海外利用権がないことの確認を求めた訴訟を起こしました。
この裁判、1997年に提訴したタイでは、筆跡鑑定がちゃんと行われ、『76年書面』が偽造であることが認められ、円谷プロが完勝しています。ただし、完勝したのは2008年。10年かかったのです。
日本では1999年に提訴しています。タイでのことを日本で争いたいという訴えを裁判所が受け入れたのですが、円谷プロ側が提出した筆跡鑑定だけでは書面が偽造されたものとは認定できないという判断を下されました。裁判所が筆跡鑑定をすることもないまま、2004年に円谷プロの敗訴が確定してしまいます。
日本での勝訴を受け、ソンポテ氏側は2004年、中国で円谷プロを訴えます。今度は被告としてではなく、原告として、円谷プロが中国で展開しているウルトラマンシリーズ商品の製造販売の中止と、損害賠償を求めて提訴してきたわけです。
この裁判は1審では円谷プロが勝っていましたが、上告審で円谷プロは逆転敗訴しています。裁判も10年近くかかっており、円谷プロの敗訴が確定したのは2013年です。
ただ、タイはもちろん、敗訴した日本と中国でも、ソンポテ氏側の利用権を認めただけで、著作権自体が円谷プロにあることは認められています。
中国については、さらに後日談があります。中国での勝訴を受け、ソンポテ氏から権利を譲られたというUMという日本の会社が、2015年に円谷プロを訴えます。中国で円谷プロが初期シリーズ以外のウルトラマンシリーズを展開したことに対するもので、新シリーズにも初期シリーズのキャラクターが登場するからです。
中国の裁判で負けたのは初期6作品についてだけですので、訴えられた円谷プロ側としては全面勝訴を確信していたのですが、判決直前の今年3月、UM側が訴訟を取り下げて、この裁判は終結しています。