はじめに

パナソニック(旧・松下電器産業)の創業者・松下幸之助氏といえば、「経営の神様」として知られています。代表的な著書『人を活かす経営』の中で、「企業は人なりということがよくいわれるが、まさに、人を育て、その人を十分に活かしていくことが、企業経営の第一の要諦(ようたい:最も大切なところ)といえるのではなかろうか」と書いています。

企業が成長して利益を得るには、高い技術を持って良い製品を作ることです。とはいえ、技術を蓄えたり、優れた製品を生み出すのは、そもそも“人”ですから、良質な人材や、その能力を引き出す組織作りが最も重要になります。

「人を育てて人を活かす」ことは、どんな組織でも永遠の課題といえます。企業で働く従業員にとっては、仕事をしていくうえで必要な技術を身につけたり、コミュニケーションスキルを高めたりすることが重要となりますが、企業側も積極的に従業員が成長する機会をつくる努力が必要でしょう。

そうなると、「社員研修」が重要になってきます。今回は、この社員研修と株価の関係を調べてみます。


東証1部の明示企業は7割

2019年末時点で東証1部の企業が公表しているCSR報告書などで「教育訓練の取り組みを明確に示した」企業の割合は69%でした。一般的には上場企業は、多かれ少なかれ研修をしているようです。

特に新入社員に対しては、まずは会社をよく知ってもらう必要があったり、社会人としてのマナーを身につけてもらう必要があるため、集合研修のほうが会社にとっても効率的になるからです。

しかし、会社側が「研修の取り組みを公表する」となると、「会社がどのように人を育てていくか」、それに向けて「どのような研修をしているか」といった、会社が人を育てる方針も明確にしていく必要があります。重要なこととはいえ、マナー研修だけというのでは公表もはばかられるかもしれません。

「人を育てる姿勢の強い企業」は市場で評価される?

であれば、研修の取り組みを公表している企業は「人を育てていこうという姿勢が強い企業であり、株価も好調となるのではないか」という仮説が立てられます。そこで実際に調べてみました。

東証1部企業を対象に毎年1回、9月末時点で取得できる情報を使って、報告書などを通じて研修の取り組みを「公表している」か「公表していない」かで分類します。そして、その後1年間の株式の平均収益率を見ました。表で示した収益率は、2012年以降でさらに平均しています。

【東証1部上場企業の研修の取り組みの公表企業とその後の平均株式収益率】

公表している 公表していない
1年後 19.5% 18.7% 0.9%
3年後 56.4% 56.2% 0.2%

(注)2010年以降、8月末での東証1部企業の研修の取り組みを「公表している」か「公表していない」で分類し、その翌月から1年間と3年間の株式収益率の平均をさらに時系列で直近まで平均。「差」は「公表している」から「公表していない」を引いて算出 (出所)Bloombergのデータを基にニッセイアセットマネジメント作成

分析結果は仮説通りとなりました。「公表している」企業のほうがその1年後、3年後ともに株価パフォーマンスが上回っています。企業への投資を考える際に、会社側が一般に公開する資料で「研修の取り組みを公表している企業」に注目するのも良いでしょう。

「研修の公表を始めた企業」も好パフォーマンス

付加的な分析にもなりますが、「研修の取り組みの公表を始めた企業」の株価にも注目してみました。公表を始めた企業の平均は1年後が20.8%、3年後は59.3%となり、特に高いパフォーマンスとなります。

公表を始めるという行為は「会社側が人を育てることの重要性に対する意識を強めたことへの転換」を意味します。株式市場はそうした会社の変化を評価したのでしょう。

社員研修といえば、受講する社員からすると「忙しいのに研修に時間を使いたくない」とか「本当にこの研修に意味があるの?」とか、疑問を持つ人も少なくなかったりします。社員研修が本当に会社の成長のために役に立っているのかということは、そのやり方なども含めて、さまざまな議論があります。

とはいえ、会社が従業員を育てようという姿勢を持っているということは、少なくとも人を大切にしていることの表れの1つと考えられます。それに対する評価が、結果的に株価にも反映されているのかもしれません。

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