はじめに
「移行期間」入りで何が変わったのか
離脱後も、激変を避けるための「移行期間」中は、英・EU両者の関係に大きな変化はありません。同期間は人の移動や就労の自由などが守られ、関税も導入されません。英国にとって変わったことといえば、「離脱担当省」というお役所がなくなったことぐらいでしょうか。
しかし、「移行期間」中に自由貿易協定(FTA)締結など両者の交渉が決着しなければ、同期間が終わった途端、混乱に陥ってしまうおそれもあります。6月末までに両者が合意すれば、移行期間を最長で2022年末まで延ばすことが可能ですが、ジョンソン首相は2020年末までにとどめる考えを貫いています。
英国はEUとのFTA交渉に際して、2016年にEUとカナダが調印した包括的経済貿易協定(CFTA)をお手本にしたい意向です。「カナダ型」とも呼ばれる同協定では、全体の98%の品目の関税が撤廃されました。
たとえば、カナダからEU域内へ輸出されるメープル・シロップに課されていた8%の関税はゼロとなり、EU域内からカナダへのチョコレートの輸出に伴う10%の関税も撤廃されたのです。
同協定は知的財産権の分野にも効力が及んでいます。「欧州のアーティストたちは、新しい客を引き付けようと、(カナダの)バンクーバーのカフェやデパートが流している彼らの音楽からもロイヤリティを受け取ることができる」(英国のメディア)というわけです。
「カナダ型」に潜む火種
英・EU間の話し合いで「カナダ型」がそのまま導入されれば、英国には移民労働者の受け入れ義務が発生せず、これまでのようにEUへの拠出負担金を支払う必要もなくなります。
一方で、問題点もないわけではありません。CFTAでは金融サービスの分野がさほどカバーされていないのもその1つ。EUには現在、金融機関がいずれかの加盟国で免許を受ければ、域内すべてで自由にサービスを提供することのできる「パスポート制度」が存在しています。つまり、「カナダ型」が採用されると、英国は同制度の権利を失うことになります。
「移行期間」終了の今年末までに、英・EU間の交渉がまとめるかも極めて難しいところ。フランスのメディアによれば、EUとカナダの交渉が決着するまでには8年を要したということです。それだけに、EUの交渉担当者の眼には、年内合意を目指すジョンソン首相の方針が非現実的と映ります。
EUが英国に続く新たな離脱という「ドミノ現象」を避けようと、「いいとこ取りは許さない」姿勢を堅持する可能性も高そうです。外国為替市場では、英国の通貨ポンドが他通貨に対して底堅く推移していますが、市場関係者からは「過度の楽観は禁物」と警戒する声も聞かれます。