はじめに
フランスは世界随一の観光大国です。2018年には9,000万人近くの外国人旅行者を迎え入れました。しかし、筆者が先週から出張で足を運んだ花の都・パリには、いつもに比べると閑散ムードが漂っていました。
「中国人客の出足がパタッと途絶えた」――。あちこちでこんな声を聞きました。これまでは日本、中国、韓国など東アジア中心だった新型コロナウイルスの感染拡大の恐怖が、欧州にも広がっています。
アジア人差別はひとまず沈静化
ある日本企業のパリ駐在員は中国・武漢で感染者が増え始めた頃、「地下鉄の乗客が自分に気づいたとたん、すぐに離れていった」という経験をしたそうです。ただ、現在は「そうしたアジア人全体への警戒はひとまず落ち着いた」とみています。
筆者が滞在した2月下旬のパリの街でも、マスク姿の人を見かけることはありませんでした。「欧米ではもともとマスクをする習慣がない」とされているだけに、着用することへの抵抗もあるのでしょう。
ただ、政府は危機感を強めています。フランスでもこれまでに感染者が確認されていましたが、お隣りの国イタリアで感染が拡大したのをきっかけに、猛威を振るう新型コロナウイルスの感染防止に一段と力を入れ始めた感があります。
フランスの経済紙「レ・ゼコー」は、「われわれの得た情報によれば、政府は2億枚のマスクを発注し、5,000万~6,000万枚の在庫を確保している」と伝えました。テレビのニュース番組も連日、トップでイタリアの話題を取り上げています。感染拡大のおそれのある自治体への出入りを規制する様子などを、現地から記者がレポートしています。
政治家からはイタリア国境の管理強化を求める声も上がり始めました。これに対して政府や専門家らは「有効な方策ではない」などと否定的ですが、感染の拡大が続くようだと、こうした極端な見方が勢いを増す可能性もあります。
観光名所から中国人が消えた
欧州ではフランスやイタリアだけでなく、ドイツ、ベルギー、オーストリア、クロアチア、スペインなど、各国で次々と感染者が確認されています。これに伴って、同地域の景気減速や後退への懸念も出ています。
フランスの場合、特に気になるのは観光関連の産業への影響です。パリを東西に流れるセーヌ川沿いに建つオルセー美術館は、モネ、マネ、ルノワールなど印象派の絵画を数多く収蔵することで知られる観光名所の1つ。川向かいにあるルーブル美術館とともに、飾られた数多の名画が世界中の多くの人々を魅了しています。
中国人客の姿がめっきり減ったオルセー美術館
ところが今回、実際に出向いてみたところ、館内で目立つのは、欧米からの観光客の姿ばかり。中国語の会話はほとんど聞こえてきませんでした。
ほかの観光名所も同じような状況に直面しています。パリのシンボル、エッフェル塔は展望台に上るためのエレベーターの待ち時間が短くなったといいます。市内の中心部にあるオペラ座にほど近い老舗のデパート、ギャラリー・ラファイエットはこれまで中国人旅行者が上得意客でしたが、今では売り場から姿を消してしまいました。
2018年にフランスを訪れた中国人は約220万人。全体の2%程度だったのに対し、消費額は約40億ユーロと同6%に相当する金額です。1人当たりが使った額は1,818ユーロ。日本円に換算すると、20万円を上回る計算です。