はじめに

本当の危機では「リスクオフの円買い」は機能せず?

さて、その昔、「有事のドル買い」という言葉がありました。有事、すなわち戦争や紛争が起こった場合、ドルが買われやすいという経験則です。ドルは唯一の決済通貨であるため、何かあった場合にはドルを保有している、していないでは安心感が違います。たとえば、天然資源や穀物などの国際商品は基本的にドルがないと買えません。有事は、「リスクオフ」というフレーズに置き換えられるかもしれませんが、市場心理が悪化した場合、ドルが買われやすいという経験則は現在でも健在です。

一方、「リスクオフの円買い」という言葉も非常に一般的になっています。特に2008年のリーマンショック時に急激な円高を経験してから、市場は盲目的にリスクオフ時に円買いという反応を示してきました。

確かに、日本がデフレ基調だった頃はリスク回避目的で円を買うことは理にかなっていました。基本的にリスクオフ環境の中では資産を増やすことよりも減らさないことが優先されます。貨幣価値は物価上昇分だけ目減りしますが、デフレであれば貨幣価値が目減りしないばかりか増価します。その意味で円は上昇が期待できた通貨であり、リスク回避時にはうってつけの投資対象だったと言えそうです。

しかも、日本は長らく貿易黒字国だったことから、実需も円買い方向へ傾斜していました。そのため、ひとたび円高に勢いがつくとなかなか歯止めがかかりませんでした。結局、日本の通貨当局は最終的に円売り介入という手段に頼らざるを得なかったと言えます。

翻って、現状、日本はデフレを脱出しているほか、貿易赤字に転落しています。客観的に見て、円にかつての最強通貨だった輝きはもはやありません。正直、円が安全資産というのは神話に過ぎないと思われます。

足元、世界で起こっていることは本当の危機と言えるかもしれません。まさに有事と言っても過言ではないと思われます。こういった状況下では、条件反射的な「リスクオフの円買い」も無視できませんが、結局は「有事のドル買い」に軍配が上がりそうです。極度の先行き不透明感に際しては、偽りではなく本物の安心を求めるのが市場心理ではないでしょうか。

今回の新型コロナショックが「リスクオフの円買い」という概念を覆す大きな出来事になる可能性は否定できません。

<文:投資情報部 シニア為替ストラテジスト 石月幸雄>

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