はじめに
死にたいと思っていた30代
ようやく仕事を始めて生活が落ち着いたのは30歳になったばかりのころでした。大学で福祉を熱心に学んだマサコさん、収入はそれほど多くはありませんでしたが専門職に就くことができたのです。
「家庭持ちの一回り年上の彼ともうまくいっていて、あのころがいちばん幸せだったかもしれません」
3年ほどたったころ、関係が彼の妻にバレてすったもんだが起こりました。妻には別れたと言いながらよりを戻して、またそれが見つかってを何度か繰り返し、ついに妻に自宅に乗り込まれてしまいます。
「奥さんが会社にもバラしてしまって。結局、退社するしかありませんでした」
食べていくために水商売に戻りました。そのころようやく、彼女は「私、何をやっているんだろう」と思ったそうです。
「母しかいなかったのに母に愛されていなかった。そして見たこともない父親を慕う気持ちも、私の心に巣くっていたんだと思います。恋愛なのか依存なのかわからないけど、誰かにすがらないと生きていけなくなっていました」
そこまでわかっているのに、その後また、客と色恋沙汰になってせっかくためたお金を持ち逃げされたのが1年前のこと。
「店のママがいい人なので、しばらくママ所有のマンションに住まわせてもらったりしていました。私は本当にダメな人間だ、もう死んでしまいたいってずっと思っていたんです。なんとか生きていられたのは店があったから」
自分にとっていい関係とは
そしてその店に客としてやってきていたのがTさん。すでに60代後半ですが、おしゃれで知的な男性でした。そのTさんに、マサコさんは惚れられてしまいます。
「最初は30歳も年上の人と恋愛なんてできないと思っていました。でも彼がいい人なのはよくわかった。私が海外に行ったことがないと言ったら、彼はママにきちんと話を通して、すぐに旅行に連れていってくれたんです」
そして旅先でプロポーズ。知り合って2カ月足らずでした。
「その旅で、彼と私は肉体的に男女関係にはなれなかったんです。彼はもうそういうことはできないんだ、と。でも私、それがなくてもいいなと思って。むしろないほうがいいとさえ感じました。彼は私を父親的な愛情で包んでくれている。それだけでいいんです」
帰国してすぐに結婚、彼が住むマンションに引っ越しました。かつて結婚したことはあるものの、彼には子どもはおらず、すでに親兄弟もいない状態。
「会社をもっているので仕事はしていますが、彼が毎日朝から晩までいなければいけないわけではありません。資産だけで食べていけるんでしょうね。私はよくわかりませんが、先日、犬を飼いたいと言ったら、その日のうちに彼が抱えて帰ってきてくれました」
生活の心配がない人生は、これほど気持ちを伸びやかにさせてくれるのかと彼女は感じています。生まれて初めて穏やかな生活を送っているのです。
「彼と生活するようになって、私の心の奥の激しい何かがすっかりおさまっていると思います。彼と一緒だと安心。こんな人生一発大逆転みたいなことが本当にあるんだなと今は思っています」
彼には甘えてばかりいるとマサコさんは言います。これこそが、彼女が本当に求めていた関係なのかもしれません。