はじめに

「絶対安泰」はないとわかっていたけれど

夫は仕事一筋の生活でしたが、娘が生まれてから少し変わりました。時間ができると家族でドライブをしたり、娘を連れて公園に行ったり。家族っていいものなんだと彼女はいつも夫に感謝していました。

「唯一、不安だったのは夫にどのくらいの収入があるかわからないこと。夫はお金の管理は自分がすると言って、私には生活費だけを渡していました。ときどき車を買い換えたり、新しい携帯電話が出ると飛びついたりするのを見ながら、言いようのない不安に襲われることがあったんです。私だったらもっと節約するのにと思っていました。人生、いつ何があるかわかりませんから」

彼女の不安は的中します。昨年夏から、夫の会社がうまくいかなくなったのです。詳細はわかりませんが、渡される生活費が減り、会社を縮小したことを知らされました。

「それでも夫はまだ何とかなると思っていたし、実際、縮小してからはそれなりにうまくいくようになったみたいなんです。年末には夫も『もう心配いらないよ』と穏やかに笑っていたんです。それまでずっとついていた深いため息もなくなりました」

だが、この新型コロナウイルスの感染拡大で、事態は急変。それとともに夫は人が変わったようになっていきました。出かけるたびに、「金」と言うのです。サユリさんは夫から渡される生活費を倹約して使い、娘の名義で貯蓄をしていましたが、それを少しずつ取り崩すしかありません。

「ある日、もう貯蓄もないと言ったら夫は『稼いでこいよ』と。この状態で働くところなんてあるのかしらと言うと、『さんざん水商売で男を騙して稼いできたんだろ』って。その言い方にあれっと思いました。夫は水商売で働く私を下に見ていたのか、と。そこから夫への気持ちが変わっていったんです」

夫のために娘のために稼げるなら稼ぎたい、でも娘を夜、ひとりで留守番させるわけにもいきません。

「あなたが早く帰ってきて娘を見てくれるなら、私が働きに行く、と言いました。実際、近くの繁華街のスナックで働き始めたんですが、すぐに緊急事態宣言と重なり、店は休業となってしまったんです」

一度言われたことはなくならない

働くのはイヤではなかったけれど、夫が「男を騙して稼いできた」と言ったことは許せなかったとサユリさんは言います。

「そういう店に来て、癒やされるよと言いながら女性を口説くのは男なんですよね。それでいて、心の底では水商売の女性に偏見や差別の気持ちを持っている。夫が私にやさしかったのは、『自分が救ってやった女』だから。そして夫にも余裕があったから。自分がお金に困ったら、とたんにそういう職業をバカにする。なんてひどい男と結婚してしまったんだろうと本当に後悔しました」

さまざまな給付金や助成金などを利用しながら、サユリさんの夫は必死に会社を維持しようとしているそうです。ただ、それを冷めた目で見ている自分がいる、と彼女はつぶやきました。

お金がすべてではないと言うのは簡単ですが、夫にとっては、「お金のある自分」でなければサユリさんと接することができなかったのでしょう。でも、言っていいことと悪いことがあります。自分に余裕がないときほど、「本性」が表れてしまうのかもしれません。

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