はじめに
年配の方は覚えていらっしゃると思いますが、バブルの真っ最中に日本企業が世界的な企業を買いあさった時期がありました。三菱地所がニューヨークのロックフェラーセンターを買収し、ハリウッドではソニーがコロンビアを、松下電器産業(現・パナソニック)がユニバーサルを買収し、それぞれ一躍、世界戦略を展開したと言われたものです。
結果を見れば、ニューヨーク市民の大きな反感を買ってまで買収したロックフェラーセンターはバブル崩壊で莫大な赤字を出し、14棟のうち12棟を手放すことになり、投資としては失敗に終わりました。
松下電器産業も、6年後には8割の株式をカナダのシーグラムに売却する結果に終わりました。ユニバーサルは松下電器産業の保有期間中はそれほどパッとせず、経営の足をひっぱって終わった印象です。売却後にユニバーサルスタジオが脚光を浴びるようになったことを考えると、悪いタイミングで損切りをしたと言われますが、株式保有中の6年間は、なんとかその損失から逃れたいと経営陣は頭を抱えていたのです。
日本勢唯一の成功例・ソニーでも一時は赤字減損に苦しんだ
結果として唯一の成功例とみられるのがソニーです。現在ではソニーピクチャーズはハリウッド大手としてソニーの稼ぎ頭で、映画だけでなく、デジタル・シネマ・サウンドのような映画に関わるさまざまな技術特許がお金を稼いだり、プレイステーションのソフトとの連動で大きな利益を上げたりと、この買収がなければソニーは存続できていなかっただろうというぐらいの柱になっています。
とはいえ、実はその過程ではソニーもコロンビア映画について巨額な赤字を計上しています。買収当時、旧コロンビア経営陣がやりたい放題の状況で、最終的に彼らを追い出してそれまでの赤字を減損し、初めてソニーがスタート地点に立てたという経過があったのです。
つまり、巨額な赤字に苦しんだところまでは3社とも同じで、そこで株式を叩き売った2社は失敗に、我慢をしたソニーだけが成功したという見方もできると思います。
時代が変わってもアジアの雄は同じ轍を繰り返している
5月27日の日経新聞に興味深い記事が掲載されました。インド最大手の鉄鋼メーカーであるタタ製鉄が、かつての日本企業と同じように今、巨額買収で苦しんでいるというのです。
タタ製鉄はインドに世界最大級の製鉄所を保有する、インドを代表する世界企業なのですが、2007年に世界戦略を標ぼうしてイギリスとオランダに製鉄所を持つ欧州の巨大鉄鋼メーカーを買収しました。結果的にはその中のイギリス事業が巨大な足かせになってタタ製鉄を苦しめているようです。
記事によればタタの英国製鉄所は老朽化がひどく、生産効率を上げるためには巨額な投資が必要だということです。それに加えてイギリス人従業員に給付する年金の規模も巨額になっている様子で、この製鉄所を保有しているだけで毎日、2億2000万円の赤字が垂れ流されていくというのです。
国内大手企業がグローバル企業の買収で苦しむ3つの理由
国内でトップになった企業が、グローバル大手を目指して海外大手を買収して苦しむ事例は、歴史上何度も繰り返しています。では、なぜそうなるのでしょうか?
それには3つの理由があると考えています。
1.買収価格が実態よりもはるかに高額
一つは買収価格が実態よりもはるかに高額になることです。当時の三菱地所や松下電器産業、ソニー、最近のタタ製鉄など、いずれもグローバル戦略目的で買う気満々でディールに臨みますから、他の買収候補との競り合いの中で異常なレベルに買収価格が高騰してしまいます。
2.表面に出ない売却意図
2つ目の理由は、表面に出てこない売却する側が手放したい理由があるということです。今がピークでこれから業績が悪くなることがわかっている(ヒット商品が寿命に来ているなど)場合や、これから先、巨額な投資が必要だということを彼らはうまく隠しながら売却交渉に臨んでいるわけです。
3.欧米の歴史ある企業を文化が異なるアジア人はマネージできない
そして3つ目の理由は、買収した会社をマネジメントできないことです。いろいろと手を打たなければ業績を上げられないのに、外国人をマネジメントするノウハウがないために何も手を打てない。結果として、2つ目の理由が次々と表面化し、悪化していきます。
そのために買収時の計画とは真逆の形で赤字が累積していき、本社としても体力がもたなくなったところで結局、安値で売却することになります。買収案件として本当においしいのはこのタイミングで、ファンドなどが喜んで買収に乗り出し、逆に巨額な利益を出すわけです。
日本人にとってのパラドックス
さて、この買収のパラドックス、皮肉なことに今そのトラップにひっかかるのは日本企業よりもアジア企業で、その逆に買収候補として挙げられる「かつて輝いていたグローバルブランド」が日本企業を指すという状況が生まれています。最近ではシャープやサンヨーなどがその典型例でしょう。
そう考えれば、少なくともそれらの日本企業の株主の立場で考えると、巨額買収は失敗に終わるというセオリーが世の中にあまり広まらないほうが、日本経済にとっては良いことかもしれませんね。