はじめに

必死に働いて生活も安定したとき

離婚したのが3年前、子どもたちが9歳と8歳のときでした。カオルさんは子どもたちと、実家近くのアパートに引っ越し、すでにフルタイムで働いていたのですが、さらに残業も出張も厭わず仕事に邁進しました。実母も協力してくれたからこそ、できたことかもしれません。

1年半でカオルさんは、所属部署のリーダー格になりました。責任はずしりと重くなったものの、仕事が楽しくてたまりませんでした。それでも、週末だけはきちんと休んで、子どもたちとの時間にあてていました。

「今から1年くらい前、元夫の姉から電話があったんです。義姉とは離婚後も仲良くしていました。義兄が事故で急死したという連絡でした。とるものもとりあえず義姉の家に行くと、元夫も来ていて。

もう両親はいないので、お通夜やお葬式の打ち合わせを義姉と元夫とでしていたんですが、私もそばで話を聞いていました。そのとき、ふと元夫の話し方が変わったなと思ったんです」

威圧的だった口調が、やさしいものに変わっていました。夫を急に亡くした実姉に対しても、非常に気を遣っていました。結婚しているとき、夫は姉とはほとんど行き来がなく、カオルさんが義姉の話をしてもまったく興味がなさそうだったのに。

離婚後、元夫とはほとんど会っていませんでしたが、「彼女でもできて、気持ちが変化したのかな」と思ったそうです。

「お通夜のあと、元夫が『軽く一杯、どう?』というので、近くの居酒屋に行ったんです。夫は毎月、養育費をきちんと振り込んでくれていたので、それについてはお礼を言いました。すると夫が、『いや、オレの子でもあるわけだから』と照れたような表情を浮かべたんです。ああ、結婚前、彼はよくこんな顔をしていて、私はこの顔が大好きだったなと思い出しました」

離れている間に起こった変化

離婚して約2年半の間に、彼にはいろいろなできごとが起きていました。会社が吸収合併されたあおりを受けて仕事がうまくいかなくなったこと、結局、大学時代の先輩のツテで転職したこと、転職先では給料も下がり、ゼロからのスタートになったけれど、いい仲間に巡り会えたことなど。その先輩の家に呼ばれたとき、家族のよさを感じたことも話してくれました。

「夫が言ったんです。その先輩の家、奥さんも子どもも先輩に対して言いたいことを言っていたそう。『あんなふうに言われて腹が立たないんですかってあとから先輩に聞いてみたら、先輩はどうして、みんなが楽しければいいじゃないかって言ったんだよね。オレ、自分がどれだけ家族を抑圧していたかわかったよ』と夫がしみじみつぶやいて。少しやつれてはいたけど、夫の表情には人のよさが戻っていました」

カオルさんは思わず、「やり直してみる?」と言ってしまいました。そうは思っていなかったのに、ごく自然に言葉が出てきたのです。

「夫は、自分からはそんなこと言えないと思っていたけどと、少し困惑していたみたい。子どもたちの気持ちもありますから、その日、子どもたちに聞いてみたんです。もう一度、おとうさんと暮らしてみる気はあるかと。そうしたらふたりともけっこう怖がっていましたね。でもまあ、会ってみるだけは会ってみようと、週末、4人で外で食事をしたんです」

元夫は、子どもたちにも気軽に話しかけ、ふたりが言うことを熱心に聞きました。かつてのおとうさんのイメージが払拭されたのか、子どもたちもどんどん心を開いていくのがわかるほどです。

「この人、本当に変わったんだとわかりました。変わったというより元に戻ったんでしょうね」