はじめに
両親に呼ばれて
アカネさんは地方のある町の出身です。父親はその地では「名士」と言われる立場です。彼女は窮屈な旧家から飛び出して東京の大学へ進みました。
「だけどいつかは戻ってくると信じていたみたいですね、親は。ずっとお見合いに帰ってこいと言われていましたが、私はほとんど実家に帰らなかった。結婚しろと言われるのがイヤだったから」
それでも30歳を目前にして、親からのプレッシャーは強まるばかりでした。アカネさんはタクトさんと結婚しなくてもいいと思っていましたが、一応、「つきあっている人がいる」と両親に連絡しました。当然ながら、「連れてこい」の嵐となりました。
「なんとなく彼に言ってみたら、『そりゃあご両親は心配するよなあ。オレはいいよ、挨拶に行くよ』と言ってくれて。『オレ、結婚だって考えてるよ。ただ、まだオレの理想とするところまで仕事がうまくいってなくて、申し訳ないと思ってる』とも。私は特に結婚にこだわっているわけではない、でも彼の本当の気持ちを知ってうれしかった」
実家に帰ると…
連休を使ってふたりでアカネさんの実家に赴きました。玄関を開けると叩きにずらりと靴が並んでいます。実家は両親だけのはずなのに。
「家に入ってびっくりしました。親戚がたくさん集まっていて。近くに住む姉夫婦はいいとしても、隣の県にいる親戚まで。20人くらいいました」
ふたりは奥に座らされました。彼は寒い時期なのにだらだらと汗をかいています。早速、両親や親戚にどこの生まれか、今は何をしているのか、収入はどのくらいなのか、本当に結婚するつもりがあるのかなど、彼は矢継ぎ早に聞かれて絶句していました。
「耐えられなくなって私は彼を促したんです、帰るよって。私はもう、こんな家族や親戚と縁を切ってもいいと思っていました。彼も私を追いかけてきて、結局、ふたりで帰ってきたんですが、彼はずっと沈黙で。私はひたすら謝ってて……」
その後、母から手紙が来た。長い長い手紙には、自分たち親がどんなにアカネさんを思っているかが書かれ、最後に「おとうさんは持ってあと1年なの」と爆弾発言がありました。
「父が病気だとは知りませんでした。私にはいざというときまで知らせないようにと父が望んだそうです。おとうさんはあなたが仕事をしていることを誇りに思っている。だけど同時にやはり安定した家庭をもってほしいとも願っているって」
彼女はひとりで実家に戻り、両親と話し合いました。帰ってこなくてもいいけど結婚だけはしてほしい。その両親の思いに負けて東京でお見合いをし、半年後には結婚したそうです。