はじめに

1602年に世界で最初の株式会社「オランダ東インド会社」が誕生しました。近代的な資本主義社会への第一歩をいち早く踏み出したオランダですが、同時に、現在にも通じる資本主義の弊害が噴出します。

たとえば1607年には、早くも株式の空売り騒動が起きました。

これはフランドル出身の商人アイザック・ルメールが引き起こしたものです。アムステルダムにやってきた彼は、現物商品の売買はもちろん、手形や海上保険、商船を仕立てての貿易など、手広く商売を行っていました。オランダ東インド会社が結成されると、さっそく85,000ギルダー相当の株を取得して大株主になりました。

アイザック・ルメールは猜疑心の強い人物だったのでしょう。配当の増額を強硬に主張し、(おそらくは利益隠しを疑ったため)会社に財務情報の開示を要求しました。その願いが突っぱねられると、今度は報復に出ました。投機を仕掛ける会社を設立して、オランダ東インド会社の株を空売りしたのです。

たしかにオランダ東インド会社は、世界で最初の株式会社でした。しかし、それを取り囲む制度は現在ほど整備されていませんでした。たとえば、株券は投資者ではなく会社側が保管する仕組みでしたし、決算や財務状況の開示も義務づけられていませんでした。

このような(現在の水準で見れば)いいかげんな会計管理が、ルメールの空売りを容易にしたのです。1610年にはオランダ東インド会社の株式の空売りが禁止され、騒動は収束しました。この間、オランダ東インド会社の株価は半値以下に下落しました。[1]


オランダのチューリップバブル

オランダがいち早く経験した「資本主義の弊害」といえば、1630年代のチューリップの価格暴騰──今で言う「バブル」──が有名です。

現在の私たちも、オランダといえば風車とチューリップを思い浮かべます。かの国では、かなり古い時代からチューリップを愛でて、より美しい品種を作り出す文化があったようです(日本で江戸時代に菊の花の品評会が流行ったようなものでしょうか)。当然、美しい花をつける球根は高い値段で取り引きされていました。

1630年代に入ると、球根の価格はゆるやかに上昇し始めました。今年球根を売れば、来年はもっと高い値段で売れるかもしれない──。人々が投機的な動機でチューリップを買い漁るようになった結果、やがて球根の価格上昇は止まらなくなりました。

1636年11月から1637年2月にかけて、チューリップの価格はついに「暴騰」しました。球根1個が、家を1軒買えるほどの値段で取り引きされました。なかには、高額の球根を使用人がタマネギと間違えて食べてしまったという、笑うに笑えない逸話も残されています。[2]

バブル崩壊にも揺るがなかったオランダ経済

球根の価格は2月3日にピークを迎え、その後、急速に下落しました。いかにもバブルらしく、ある日突然買い手がつかなくなったのです。

注目したいのは、球根の価格高騰が起きていた時期です。

ちょうど冬の季節であり、大半の球根は土に埋まったままでした。当時のオランダ人たちは、球根の現物ではなく、先物を取り引きしていたのです。アムステルダムの証券取引所だけでなく、地方の酒場でも集まった人々が球根の売買を楽しみ、値動きに一喜一憂していました。世界でもいち早く金融に親しみ、証券の売買を経験していたオランダだからこそ、こんな事件が起きたのでしょう。

バブルの期間が冬だったことから、それが崩壊した理由も理解できます。3月に入ると、球根の現物取引が始まってしまうのです。先物取引で投機していた人々は、急激に現実に引き戻されたのでしょう。

興味深いのは、当時のチューリップバブルの崩壊が、オランダの経済にそれほど深刻な影響を与えなかったという点です。チューリップの暴落から1年半後の1638年9月1日、フランス王ルイ13世の母マリー・ド・メディシスがアムステルダムを訪問しました。彼女はオランダ東インド会社を視察し、その巨万の富を生み出す仕組みを知ろうとしたのです。[3]

彼女の行動からも、チューリップ価格の崩壊がオランダの黄金時代を揺るがすようなものではなかったことがうかがえます。

これは、現代日本の私たちからすると意外です。日本は1990年代初頭の不動産バブル崩壊以降、「失われた20年」を経験しました。さらにサブプライムローン・バブルの崩壊とリーマン・ショックによりサラリーマンの平均年収は下がり、いまだに以前の水準には戻っていません。[4]

なぜオランダのチューリップ価格崩壊は、それほど深刻なダメージを経済全体に与えなかったのでしょうか?

この謎の答えは次回、ジョン・ローとミシシッピ会社事件の逸話のなかでご紹介します。

■参考文献■
[1]ジェイコブ・ソール『帳簿の世界史』文藝春秋(2015年)p145-146
[2]板谷敏彦『金融の世界史』新潮選書(2013年)p99-102
[3] ジェイコブ・ソール(2015年)p142-143
[4] http://nensyu-labo.com/heikin_suii.htm

この記事の感想を教えてください。