はじめに

「非理性的な考え方」は、自分を苦しめるだけ

じつはわたくし、非理性的な考え方をしてしまい、ひどく苦しんだ時期があったんです。それは、わたくしがまだ20代の、そう……靴磨きを始めて1年ほど経った頃でした。こんなお客さまがいらっしゃったんです。

「今から結婚式に出るので、靴をピカピカに磨いてほしいんですけど、1時間くらいでできますか」と。

1時間あれば可能でしたので、わたくし、お受けしたんです。靴ひもをほどき、クリーナーで汚れを落とし、クリームをつけ……、ここまでは、順調だったんですが、輝きをつける最後の工程で少し力んでしまい、ムラをつくってしまったんです。

結婚式の時間がせまっていましたので、はじめからやり直すこともできず……。そして、お客さまは、こうひと言残して、店を出られたんです。

「仕方ないですが、このまま結婚式に行きます。時間に余裕を持って来なかった僕も悪いですし……」

わたくし、お客さまに申し訳なくて。お客さまは、わたくしの失敗を許してくださったのですが、わたくし自身、そんな自分を許せませんで。お客さまのご希望に応えることができなかったことに、ひどく凹んだんです。

こんな時、ネガティブな感情を抱いたとしても、すぐに気持ちを切り替えられる人もいますが、わたくしはできなかったんです。そのお客さまの顔が、四六時中頭に浮かんできまして。自分を何度も責めました。そのうち、仕事で小さなミスが増え、それにまた凹む……、といった悪循環が生まれてしまったのです。

そしてしまいには、仕事が手につかなくなり……、しばらく店を休むことにしたんです。

その「考え方」は、本当に正しい?

お客さま。

わたくしがこんな風になってしまったのは、先ほど申しましたように「こころのメガネ」の情報処理で「非理性的な考え方」をしてしまったからなんです。「お客さまの要望に応えられなかった」という出来事に対して、わたくし、こんな考え方をしたんです。

「あー、なんてことをしてしまったんだ……。お客さまの要望に応えられなかったなんて、靴磨き屋をする資格なんてない……」

これって「非理性的な考え方」なんです。文章にしてみると、よくわかるんですよ。「お客さまの要望に応えられなかった私は、靴磨き屋をする資格はない」

どうです、お客さま? お客さまの要望に応えられない人は、絶対に靴磨き屋をする資格はないのでしょうか。

「絶対にそうだ」とは言えませんよね。「お客さまの要望に応えられなかったら、靴磨き屋をしてはいけない」という決まりでもあるのでしょうか。

そんなものはないので、非現実的ですよね。お客さまの要望に応えられなかったことだけで「靴磨き屋をする資格はない」と決めつけてしまうのは、あまりにも凝り固まった考え方ですよね。

「お客さまの要望に応えられなかったから、私は靴磨き屋をする資格なんてない」

そんなことを自分に言い続けると、どうなるでしょうか。凹んでばかりで「靴磨き屋として、たくさんのお客さまに喜んでもらおう」という本来の目標の妨げになっていますよね。こんな「非理性的な考え方」は、自分をひどく苦しめてしまうだけなんです。

もしこの時、わたくしが「理性的な考え方」をしていたらどうなっていたでしょう。事実を受け入れた上で、ちゃんと筋が通った、現実的で柔軟な、そして自分の幸せや目標達成に役立つ考え方ができていれば……。たとえば、こんな風に。

「お客さまには、悪いことをしてしまったなぁ……。でも、今回のことでこんなこともあるとわかったし、これからの課題も見つかった」。ネガティブな感情を抱いたとしても「次からは頑張ろう」と前を向けたでしょう。

わたくしにこのような「理性的な考え方」ができなかったのには、わけがあったんです。じつはわたくしの「こころのメガネ」のレンズに、重いゴミがあったからなんです――。

新しく出てきたフレーズ「重いゴミ」。これが「こころのメガネ」にあることで、自分を苦しめることになるようです。さらに話は続きますが、それは本書で。

いつでも、エーリスは「こころのメガネみがき屋」でみなさまをお待ちしております。

『凹まない練習』 かおり&ゆかり 著/原田進 監修


世界三大心理療法家のアルバート・エリスの感情心理学を物語とイラストで解説。感情心理学とは、偏った考え方を健全にすることで、不必要な悩みをなくす心理療法。本書では、思考の枠組みを「こころのメガネ」にたとえ、感情心理学をやさしく解き明かす。

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