はじめに

失業率の上昇は限定的

一方、経済復調が明確な米国と比べて日本は経済停滞が顕著ですが、労働市場に目を転じると、経済的な悪影響は米国と比べても小さく、この点はポジティブに評価できます。

昨年末から2020年10月までの失業率の上昇幅を各国で比較すると、日本は2.2%から3.1%と+0.9%悪化しましたが、米国+3.4%、オーストラリア+1.9%などより悪化幅は限定的です。そして、ドイツ+1.3%、フランス(9月まで)+0.9%など、雇用対策が重視された欧州諸国と同様の失業率悪化にとどまっています。

日本では、大きな経済ショックに見舞われても、特に多くの大企業は正社員の解雇が制限される慣例が強いため雇用調整に踏み切らず、企業が雇用維持に努めたことが要因の一つです。

また、2019年までに失業率が2%前後まで低下し労働市場の需給が改善して、人手不足に直面する企業が増えたことも企業の雇用削減を限定的にしました。安倍政権下で実現した金融緩和強化がもたらした、労働市場改善のバッファーが効いているということです。

また、財政政策が充分かつスムーズに発動されたとは言い難いですが、雇用調整助成金の拡充が、企業の雇用確保を支援した効果もあったとみられます。

一般会計から支給金額の上乗せが行われる中で、雇用調整助成金の支給決定金額は11月までに2.2兆円に達しています。2008年のリーマンショック時には、失業率は3.8%からほぼ1年間で5.5%まで一気に上昇しましたが、当時と比べて失業率上昇は抑制されています。

当時は麻生政権下において、財政政策による経済下支えが極めて限定的にしか行われませんでしたが、安倍政権で実現した対応は当時よりは効果を発揮したと評価できます。

コロナ禍のダメージは一部の産業や非正規労働者に集中

ただ、日本の失業率上昇は、一部の産業や労働者層に偏って起きている特徴があります。

2019年末から2020年9月までに、雇用者数は全体では100万人減少していますが、正規社員は同期間に+23万人増えています。雇用調整助成金を利用している大企業が、このサポートで正社員を確保していると見られます。

対照的に、いわゆる非正規社員は-123万人と大きく減少しています。コロナ禍によって大きくダメージを受けた、外食などのサービス産業の事業環境悪化が、非正規社員の減少を招きました。

日銀による企業金融支援などで企業倒産件数は抑制されていますが、一方で休廃業・解散企業の数は2020年10月までに前年対比で21.5%と大きく増えており、サービス業などの中小企業の休廃業が非正規労働者の雇用削減につながっています。

安倍・菅政権のコロナ問題への対応において、迅速かつ充分な財政支出によって経済を安定化させたかどうかに関しては、労働市場の調整をこれまで限定的にした点では評価できます。ただ、雇用対策の恩恵が、大企業を中心とした正社員労働者をに偏っている現状は、今後社会を不安定化させるリスクがあります。

このため、コロナ被害を受けたセクターへのサポート政策として、コロナ感染拡大の一因になったと批判されるGoto事業の政策的な効果は大きいでしょう。大幅な売上減少に直面している産業を幅広くサポートすることは、非正規社員に偏った労働市場の調整を和らげるからです。

そして今、大規模な追加的な財政政策の発動よって、コロナ抑制と経済正常化を両立させることが必要な局面にあると思われます。仮に、財政政策が不充分にとどまり2021年の経済復調が後ずれすれば、安倍政権によって実現した「労働市場回復のレガシー」を食い尽くすことになるでしょう。

特に経済的な被害を受けた勤労者への配慮を行わずに重視している規制改革だけに邁進すれば、「国民のために働く」ことを目指している菅政権への国民の期待が今後低下しかねません。このシナリオを筆者は警戒しています。

<文:シニアエコノミスト 村上尚己>

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