はじめに

不動産投資家兼コンサルタントとして活動している、元サラリーマン投資家の安藤新之助さん。安藤さんが1棟目の融資を獲得した当時は、サブプライムショック不況のまっただなかでした。前回に引き続き、年収400万円台で自己資金も1,000万円程度だった当時の安藤さんが、どのようにして1棟目の物件を購入したのかを聞きました。


飛び込み訪問を繰り返した当時

――サブプライムショックで融資の扉が閉じたタイミングに加え、名古屋の金融機関は融資の姿勢が厳しいと有名です。どうやって金融機関開拓をしたのでしょうか。

もう、「ドブ板戦術」しかありません。愛知県に拠点のある金融機関の全てに行きました。60行ほどありましたが、全て当たってA支店でダメだったらB支店へと「当たって砕けろ」でしらみつぶしに訪問しては断られ続けました。

――自著(『NOをYESに変える「不動産投資」最強融資術』)では「飛び込みはダメ」と書かれていましたが、ご自身はしていたのですか?

そのときは知らなかったのです。実際には飛び込みはお勧めしていません。当時は今ほど情報がありませんから……。とにかく断られ続けて、公園で座り込む日もありました。結局、60行も当たったうち、土俵に乗る金融機関は、ノンバンクを除いて2行程度。それも自己資金で2割を入れなければいけないハードルでした。

――結局、融資はどうなったのでしょう?

ダメ元で断られた地方銀行の別の支店に話を持っていったところ、支店長代理が対応してくれたのです。そこの支店に伺って、支店長代理さんと融資担当者の2人が同席してくれて、いろいろ私の話を聞いてくれました。その際、準備していたプレゼン資料を持参しました。そのときに「目標設定をしてやられているのですね。前向きに検討しますのでお時間いただけますか?」と言ってもらえたのです。私も“事業”としてやっていくつもりでしたから、その熱意が伝わって嬉しかったです。