はじめに

企業成功の「黄金のサイクル」

ここで、企業成功の「黄金のサイクル」という考えかたについて、少しお話ししておこう。

黄金のサイクルとは、経営者品質から、社員品質、社員満足、商品・サービス品質、顧客満足、社会満足を経て、企業業績につながる環(わ)を指す。経営者品質が上がれば、次々と環を構成する要素の質も上がり、最後に企業業績も上がる。そうして再び経営者品質へ戻り、一段高いステージへと進むという昇り龍のサイクルのことだ。

私が半世紀に及ぶ経営者体験から学んだ、企業の永続的成長を実現するための、原理原則であり黄金律である。この黄金のサイクルの原点である「経営者品質」の核であり、品質の高さを担保するのが、経営理念ということだ。

もちろん、「現実はそんなに甘いものではない、理想ばかりを唱えていても飯は食えない」と否定する人もいるだろう。経営理念には「世のため人のため」が謳(うた)われ、耳に響きのよい言葉が並びがちだ。そこに現実感を見出せない人がいるのもむべなきかなではある。

たしかに「世のため人のため」ばかりでは生きていくための利益が出ない。そこで「自分のため」という考えかたが出てくる。この2つの概念が相反すれば、二者択一を迫られることになり、あちらを立てればこちらが立たず、となる。こうした状態を英語ではトレードオフ(Trade-off)という。

しかし、明治の実業家・渋沢栄一は「事業とは論語(ろんご)と算盤(そろばん)である」とし、2つの概念は両立するものと考えた。たとえ企業の目的が利潤の追求にあるとしても、その根底には道徳が必要で、国や社会の繁栄に対して責任をもつべきだとする「道徳経済合一説」を唱えたのである。

渋沢の言うとおり、論語すなわち「世のため人のため」となる理念と、しっかり儲けを出して事業を成り立たせる算盤は、ともに事業を支える重要な車輪だ。実際、渋沢は生涯に500社を超える企業の設立に関与し、公共事業や民間外交、慈善事業などにも力を注いだ。そして、その多くが、現在でも日本を代表する企業や団体として日本経済や社会を支えている。

理念があるからこそ、企業は成長できる

事業は2つの車輪で動いている——実は、このことを我々は昔から習慣として知っていた。だが、平成の不況を経て、1つの車輪を失いかけている。本来両輪で動くものが、片方だけで走っているのでは危険極まりない。

理念があればそれだけでよいというものではないが、企業の永続的成長を実現するためには必要条件である。もし、理念がなければ、企業は遅かれ早かれ頓挫するという、古いようで新しい原理原則をあらためて知ってほしい。とりわけ、現下のコロナ禍のような非常事態においては、大きな力を発揮するはずだ。

事業の第一線から退いた渋沢は、自身の思索の集大成として『論語と算盤』を出版した。1916年、76歳のときのことである。原典は孔子や孟子の教えにあるが、単なる思いつきではなく、渋沢の実業家としての半生にわたる長い経験から培われたものだ。借り物、買い物のような理念とは、厚みも深みも違う。だから100年以上を経てもなお、我々の魂に響く。

「男は強くなければ生きられない。優しくなければ生きている資格がない」——レイモンド・チャンドラーの『プレイバック』という小説の中に出てくる台詞を、企業経営に置き換えれば、こんなふうに言える。

「会社は儲からなければ存続できない。世のため人のために役に立たなければ存続する資格がない」

「論語と算盤」とは、まさに言い得て妙である。

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(この記事は日本実業出版社からの転載です)

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