はじめに
何に目を向けておぼえますか
わたしたちはさまざまな情報をおぼえて、保持している。そして必要な際にそれを取り出して、判断などに利用する。ここでは、情報を「おぼえる段階(符号化)」と「思い出す段階(検索)」において、「信念」がどのように確証されるのか考えていこう。
さきほどと同様、採用面接のシーンで考えてみよう。面接の担当者は応募者に関する多くの情報の中から、自分の「信念」を確証するものを、そうでないものよりも記憶する可能性がある。こうした「選択的な符号化」について検討した研究(Lenton et al., 2001)を紹介する。
研究では、実験の参加者に75の単語リストを示し、記憶するように告げた。じつは、半数の参加者が見たリストには、男性のステレオタイプに関連する単語が15語含まれており(「法律家」「兵士」など)、残り半数の参加者が見たリストには、女性のステレオタイプに関連する単語が15語含まれていた(「秘書」「看護師」など)。
この最初のリストを示したあと、参加者には3分間、無関連の課題を行ってもらった。その後、別の46語のリストを示して、その単語が最初におぼえたリストにあったかどうかたずねた。
実際には、46語のうち10語のみがリストにあった単語であった。ほかの36語の中には、最初のリストにあったものとは異なるが、男性のステレオタイプや女性のステレオタイプに関連する役割やパーソナリティを表す単語が含まれていた(たとえば、女性のステレオタイプとして、「図書館員」「温かい」など)。参加者の回答を検討したところ、最初におぼえたリストの単語が2回目のリストにあった場合、高い割合で正しく「あった」と回答されていた。
問題となるのは次の点である。実際には最初のリストになかったのに、ステレオタイプ(男性もしくは女性)と一致する単語は「あった」と回答されるという誤りが見られたのだ。
たとえば、最初のリストで女性のステレオタイプの関連語をおぼえた参加者は、2回目のリストではじめて見た「図書館員」を、最初のリストに「あった」と勘違いしていたのである。わたしたちは、自分の「信念」に合うものをおぼえ、また本当にはないものまでおぼえているように思うのである。
この研究の参加者を、さきほどの面接の担当者に置き換えて考えてほしい。「チームスポーツのリーダー」である応募者に対して、面接の担当者は「外向的」なイメージに合ったものを記憶する可能性がある。さらに、実際には応募者の話したことやふるまいの中になかったものでも、「外向的」なイメージに合ったものを誤って「あった」と思うかもしれない。
たとえば、社会的活動に関する質問に対し、応募者が「ボランティア活動に参加した経験がある」と話したとしよう。面接の担当者は、あとから応募者の回答について思い出すときに、「多くの人と協力しながら」ボランティア活動に参加したと記憶しているかもしれない。
応募者が参加したのは、ひとりで作業する内容であったのかもしれないが、「外向的」なイメージに合うように思い出されてしまうのである。
田中知恵(たなか・ともえ)
明治学院大学心理学部教授。博士(社会学)一橋大学。早稲田大学第一文学部哲学科心理学専修卒業後、出版社勤務を経て、一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了、博士後期課程単位取得退学。2016年より現職。専門は社会心理学、社会的認知。主な著書に『消費者行動の心理学:消費者と企業のよりよい関係性』『社会心理学:過去から未来へ』『社会と感情』(いずれも共著、北大路書房)、『消費者心理学』(共著、勁草書房)などがある。
「印象」の心理学 認知バイアスが人の判断をゆがませる 田中 知恵 著
あなたは「人を見る目」がありますか? 結局、人は「なんとなく」で判断しがち。その背景にある「認知バイアス」について、「どのように印象をかたちづくるのか」「どんなバイアスが働いているのか」などとともに社会心理学の知見からわかりやすく解説。