生活

英国経済が工業中心になったことはない、では産業革命とは?

簿記の歴史物語 第14回

18世紀末~19世紀に産業革命が起き、多大な資本を必要とする企業が生まれ、それら株式会社を監視するために現代的な会計制度が整備されていった――。これが当連載の大前提です。今までの連載では、17世紀初頭の「株式会社の誕生」から18世紀の「バブルの誕生」にかけて紹介してきました。

ところが、世間には「産業革命はなかった」という俗説があるようです。


18世紀が人々の生活水準の転換点

たしかに、産業革命といってもイギリス全土がいっぺんに工業化したわけではありません。18世紀半ばの産業革命のごく初期の段階では、イングランド北部の限られた都市で工場が建てられたにすぎません。その説によれば、その後もイギリスの経済で工業が中心になったことはなく、産業資本家層がイギリスの政治経済の主導権を握ったこともないといいます。

これは大変なことになりました。

もしも産業革命がなかったとしたら、この連載は前提を失います。私の語ってきたことは、ただの無価値なうんちくになってしまいます。

※画像出典:グレゴリー・クラーク『10万年の世界経済史』図1.1

言うまでもなく、現代の私たちは200年前の人々よりも豊かな生活を送っています。上図は、世界経済における一人あたりの所得を(1800年の水準を“1”として)グラフにしたものです。1800年頃を境に、グラフが大きく跳ね上がっています。

そもそも18世紀末まで、一般庶民の豊かさは新石器時代と大差ありませんでした。文化や芸術面では華々しい発展がありましたが、それらはすべて貴族や富裕層のためのもの。人口の大多数を占める貧困層は、農民として地面を耕していました。

それどころか、封建時代の農民たちは、森のなかで狩猟採集生活を送っていた1万年前のご先祖様よりも貧しくなっていた可能性があります。

マルサスの罠――食糧増産と人口増加の関係

株式会社タニタのホームページに面白いデータがありました。日本人の平均身長を調べると、縄文時代の人々よりも江戸時代の人々は小さくなっているのです。※古い人骨を調べれば、かなり正確な身長を推定できます

身長は、栄養状態に敏感に反応する指標です。幼少期に充分な栄養が取れないと、大人になっても身長があまり伸びません。体が小さいほど基礎的な消費カロリーも少なくて済むからです。食糧の少ない厳しい環境に適応するために人類が身に着けた能力だと言えるでしょう。

※画像出典:昔の人は細マッチョ?日本人の体格の歴史‐タニタの健康コラム
https://www.karadakarute.jp/tanita/column/columndetail.do?columnId=27

上記のタニタのページでは、この身長低下は肉食を避けた精進料理が広まったためではないかと説明しています。もちろん、それも一因でしょう。しかし私は、純粋に食糧そのものが不足していたのではないかと考えています。

この時代に食糧を増産するには、土地を開墾して農地を広げる必要がありました。しかし、それは簡単なことではありません。森を切り開き、土を耕し……。数年~数十年かかる大事業です。

一方、人口は比較的簡単に増えてしまいます。大した娯楽も信頼できる避妊技術もない時代、文字通り「ネズミ算」式で子供が増えていくのです。

したがって、食糧の増産よりも、人口の増加のほうが常に速く進むことになります。

そうなれば一人あたりが口にできる食糧は減っていきます。わずかな農産物を多すぎる人口で奪い合うことになり、食糧難と栄養失調が常態化するのです。このメカニズムはマルサスが『人口論』で明らかにしたもので、「マルサスの罠」と呼ばれています。かつて日本の農村で行われていた嬰児殺し――いわゆる「口減らし」――は、このような状況に対応するためのものでした。

上記のグラフでは、身長低下は鎌倉時代から始まっています。少なくとも、江戸時代の日本が「マルサスの罠」に陥っていたことは確かなようです。1720年から徳川幕府崩壊直後の1870年まで、150年間で日本の人口増率は0.2%にすぎませんでした。この時代には開墾できる土地はほぼ開墾されつくされ、それ以上人口を増やすことができなくなっていたのでしょう。

これは日本に限りません。農耕を営む国・地域であれば、どこも状況は似たり寄ったりだったはずです。技術や文化の進歩はありますが、それを愉しめるのはごく一握りの権力者と富裕層だけ。大半の人はその日食べるものにも困っている――。

Share to facebook.Share to twitter.Share to line.Share to hatena.

あなたにオススメ