はじめに
東京都内で落とし物として警察に届けられた現金は2010年から年々増加。警視庁によると、2016年度は前年度より7.3%増え、過去最高の約36億7,000万円になりました。警察庁によれば、同年度に落とし物として届けられたは現金は全国で約177億円にも上ります。
なぜ、こんなに多額の現金が捨てられるのでしょうか。そして、落とし主が見つからない現金は、その後どうなってしまうのでしょうか。
ゴミの中から相次いで見つかる
11月10日、京都市にある家庭ゴミなどが持ち込まれる廃棄物処理施設で、従業員が袋に入った現金1,200万円を見つけました。翌11日には、富山市の廃棄物処理施設でも、かばんに入った現金1,000万円が発見されました。
相次いでゴミの中から現金が見つかっているのは、なぜなのでしょうか。
ある元警察関係者は「故意に現金を捨てるというのは社会通念上、考えがたいため、過失的に現金を紛失している可能性が高い」と話します。そのうえで、現金が捨てられる背景について「タンス預金が増加したことと核家族化が進んだことが影響しているのではないでしょうか」と指摘します。
増え続けるタンス預金が一因?
第一生命経済研究所の調査では、国内のタンス預金の総額は約43兆円と試算されています(2017年2月時点)。金融不安によって1990年代後半から積み上がったタンス預金は、その後も増え続け、ここ2、3年は特に増加ペースが上がっているといいます。
その理由について、同研究所の熊野英生・首席エコノミストは「富裕層が自分の動かしやすい現金で金融資産を保有することで、財政不安(に伴う資産課税の強化)に対処しようとしている可能性があります」と分析します。2015年の相続税改正、翌年のマイナンバー導入と、財政再建の矛先が富裕層に向いていると思わせる局面があったためです。
2016年の家計調査(二人以上の世帯)によると、40代では負債と貯蓄残高がともに1,000万円程度なのに対し、60歳以上では貯蓄額が2,300万円を超え、負債は220万円に減少。年齢が高くなるにつれて貯蓄高が増える傾向があります。
潤沢な資産を持つ高齢者が増える一方、核家族化が進み、独居老人が増えています。内閣府の調査によれば、一人暮らしをする高齢者は増加傾向にあり、2015年時点で65歳以上の高齢者全体の18%に及びます。高齢者の6人に1人が一人暮らしをしていることになります。
裕福な高齢者が一人暮らしの末に孤独死したとき、家族に伝えていない預金があっても不思議ではありません。そのため「遺族がタンス預金を知らないまま、家具が廃棄され、中にあった預金が発見されるということが起きてもおかしくない」と、前出の元警察関係者は話します。
落とし主不明は都内だけで約9億円
昨年度、都内で落とし物として届けられた約36億円のうち、27億円近くが落とし主の元に返還されています。落とし主が見つからない、残りのおよそ9億円はどうなるのでしょうか。
GVA法律事務所の渡邉寛人弁護士は次のように話します。
「民法24条により、落とし主が3ヵ月以内に警察に届け出ない場合、拾い主に落とし物の所有権が帰属します。ただし、拾い主が所有権を取得してから2ヵ月以内に引き取らないと、落とし物の届出先の警察が管轄する都道府県などに帰属することになります」
もし現金の落とし主が現れたら、遺失物法に基づき、「落とし主は1ヵ月以内に落とし物の価格の5~20%を報労金として拾い主に支払わなければならないとされています」(渡邉弁護士)。たとえ落とし主が亡くなっていたとしても、所有権を失っていない限り、落とし物は落とし主の親族に相続されます。
逆の見方をすれば、相続人も現れず、落とし主が見つからなかった9億円近くにも上る大金は、高齢化が進む日本社会の“孤独”を映し出しているのかもしれません。
(文:編集部 土屋舞)