はじめに
今年に入り、政策保有株式の売却と政策保有縮減に伴う売り出しを発表する企業が増えています。政策保有とは、企業が投資目的ではなく、取引先との関係維持や買収防衛といった経営戦略的な目的で保有する株式のことです。
複数の企業や金融機関が相互に保有している場合を「株式持ち合い」と呼び、日本企業特有の慣行として1960年代ごろから増えていったと言われています。安定した株主が得られ、企業側にとっては敵対的買収を避けられるメリットがありますが、海外投資家を中心とした機関投資家から厳しい目を向けられてきた経緯があります。
トヨタグループなどが政策保有株を売却
売り出しは大株主などが持つ既に発行された株式を売却する場合に利用されます。
政策保有株式の売却の動きとして、トヨタグループのデンソー(6902)は24年3月期までにトヨタ紡織や東海理化などを売却。豊田合成もトヨタ紡織や豊通、デンソーなど、アイシンもデンソーや豊通などを売却しました。
アイシン(7259)は政策保有株をゼロにすると表明。一方、トヨタとデンソー、豊田自動織機はアイシン株を売却するとしました。三菱電機(6503)は24年3月期に上場株式49銘柄を(一部またはすべて)売却しました。
三菱グループでは三菱重工業が三菱商事と三菱倉庫を売却、ニコンが三菱電機と三菱商事を、三菱倉庫が三菱重工と三菱マテリアルを売却しました。
三井住友建設(1821)は住友不動産や三井不動産を売却、三菱UFJ、三井住友FG、みずほFGも政策保有株式の売却を進めています。
損害保険大手4社は不正を生む企業間の癒着等への指摘から23年3月末時点で約6.5兆円に上る政策保有株をゼロにすると表明しています。金融庁は生命保険会社にも同様の促しを行っています。
また売り出しを予定している企業はテルモ(4543)、ホトニクス(6965)、マルハニチロ(1333)、ヤマハ発動機(7272)などです。
売却が進む背景
前述の通り、日本企業は安定株主を得る為、取引先や財閥、グループ間で株式を持ち合ってきました。互いに意見し合わない関係が出来上がる事で、経営に多少の歪みが生じようとも素通りできる体制が海外投資家や“物言う株主”などから批判されてきました。利益をほとんど生まず、資本効率が悪化する政策保有株にスポットが当たった背景にはこのような意図がありました。
東証は、2023年3月からプライム市場・スタンダード市場に上場している企業に宛てて「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を要請し始めました。8月30日、東証が発表した「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」に関する各企業の最新開示状況が明らかになりました。プライム市場の86%(1,406社)、スタンダード市場の44%(701社)が2024年7月末時点で何らかの対応を行うことを開示をしています。
3月期決算企業を中心とする多くの企業において、 6~7月に取組みの開示・アップデートが行われており5月末時点から、プライム市場で+14%(+218社)、スタンダード市場では+14%(+221社)という結果になっています。
昨年10月の東証の資料によれば、開示は、中期経営計画で33%、決算説明資料で29%行われています。資本収益性や市場評価の改善に向けた取組み内容としては、成長投資や株主還元の強化、サステナビリティへの対応、人的資本投資、事業ポートフォリオの見直し等が多くなっています。ROE(自己資本比率:経営の効率性・収益性)が8%以上の比較的高い企業でもPBR1倍未満の企業ではIRの強化を掲げる企業も多い状況です。また単純に株主還元だけを掲げる企業はほぼありません。
東証がなぜこれ程までに「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を促すのかと疑問に思う方も多いと思います。その理由として日本企業の弱さが露呈していることではないかと思います。