はじめに
12月に入って、地方銀行の再編に関する2つのニュースが矢継ぎ早に報じられました。
1つは、12月6日に行われた公正取引委員会(公取委)の記者会見で、山田昭典事務総長が、顧客が不利になる地銀の経営統合は認めないとの考え方を示したというニュース。もう1つは、12月15日に共に新潟県に本店を構える第四銀行と北越銀行の経営統合を公取委が認めたというニュースです。
2つのニュースはどちらも公取委が主役となっており、しかも地銀の再編に対しては前者がネガティブ、後者がポジティブなニュースのように見受けられます。つまり、同じ公取委がまったく逆のメッセージを発しているように映るのです。
地銀の経営統合・再編は、地域の経済や金融サービスにとって非常に重要な変化をもたらし、地域に住む皆さんの暮らしにも大きな影響を与えるものと考えられます。実は、この2つのニュースの背景には、長崎を舞台にしたもう1つの地銀再編の案件と、公取委vs金融庁の地銀再編をめぐる1年半にもわたるバトルがあるのです。
金融庁や日銀が後押し
全国に105行ある地銀(地方銀行64行+第二地方銀行41行)をめぐる経営環境は、非常に厳しい状況にあります。少子高齢化や人手不足を背景とした地域経済の不振や、日本銀行のマイナス金利政策による貸出収益の減少といった足元の状況だけでなく、今後、地方になればなるほど人口減少が加速し、地域経済の縮小傾向が強まり、地銀の経営環境はますます悪化するといわれています。
こうした中で、金融庁も日銀も数年前から、地銀の将来的な収益構造に大きな懸念を示し、既存のビジネスモデルからの転換を促してきました。と同時に、地銀同士の経営統合による合理化や事業再編も1つの重要な選択肢になるとして、地銀の再編を後押しするメッセージを繰り返し発信してきました。
もともと日本は「オーバーバンキング」といわれ、金融機関が多すぎて、過度の競争の下で貸出金利の低下などが常態化し、金融機関の収益性が低いことが課題であると指摘されてきました。一方で、「地方の雄」として長年地域経済を支えてきた自負のある地銀の再編は、なかなか進まないのが実情でした。
もっとも、上述のような金融庁や日銀の方針転換もあって、この5年ほどの間に、持株会社の下で都道府県をまたぐような地銀の経営統合が相次いで発表されました。直近では新潟や長崎のケースのように、同一県内の金融機関同士の経営統合の動きもみられ始めてきたところです。
公取委の真意はどこに?
これらの動きは、慣れ親しんだ銀行の名前は残しつつ、持株会社の下でシステム部門などの重複する機能を統合することにより、経費を削減し、収益構造を改善することが主な目的となっています。
これまで、こうした地銀の再編の動きに対して、公取委の審査によって再編が認められないというケースはほとんどありませんでした。先日の記者会見でも、公取委の山田事務総長は、過去10年の地銀再編14件のうち、統合が認められなかったケースは1件もなかったと説明しました。
ところが、福岡銀行を中核として長崎県に本店を構える親和銀行も傘下に持つふくおかフィナンシャル・グループが、同じ長崎県を本拠とする十八銀行と経営統合を行うと発表したケースでは、公取委に審査を申請した2016年6月から1年半が経過している現在も、統合が認められていません。
12月6日の公取委の記者会見でも、主にこの長崎県のケースを念頭に、離島などの特定の地域での独占状態の高まりなどにより利用者に不利な状況となることが懸念されるため、このようなケースでは地銀の経営統合は認められない、といった考え方を説明したものと考えられます。
一方で、12月15日に再編が認められた新潟県の第四銀行と北越銀行のケースでは、両行の統合後も独占状況が過度に高まるとはいえず、信用金庫など他業態の金融機関や他地域に本拠を持つ地銀などの進出も想定されるため、利用者に不利な状況となる懸念は大きくない、と判断されたようです。
長崎のケースは特殊なのか
それでは、一部地域で独占が高まると考えられる長崎のようなケースでは、今後も地銀の再編は認められないのでしょうか。
過疎化、高齢化、人口減少などによって、地域経済の縮小傾向が顕著な地域を少数の有力地銀がカバーしているような例は長崎県以外でも見られ、また今後は増えていく可能性があります。このため、長崎県のケースは今後の地銀の再編の行方だけでなく、地域に住む皆さんの将来の生活を占うためにも、大変重要な意味合いを持つと考えられます。
2015年の国勢調査によると、長崎県は2010年からの5年間の人口減少率が47都道府県の中で9番目に高くなっています。それだけ地域経済の縮小傾向も強く、金融機関の経営状況が厳しいことが容易に想像できます。
一方で、離島などに設置している支店などの店舗を維持するコストも大きな負担になっていると思われます。こうした状況にある金融機関にとって、他の地銀との経営統合によって生き残りを図っていくことは、まさに「死活問題」と考えられます。
確かに公取委の主張のように、十八銀行とふくおかフィナンシャル・グループの統合によって、離島のような地域では、一時的にシェア100%のような独占状態が発生することになるかもしれません。もっとも、それによってたとえば貸出金利が高止まりするといった利用者に不利な状況が発生すれば、他の金融機関の参入などによって新たな競争状態が生まれることも考えられます。
また、経営統合が認められない中で地域の金融機関の経営体力が徐々に低下し、地域経済や金融サービスを支える力が衰え、他の地域よりも不便なサービスの下で生活することを強いられるリスクも勘案すべきかもしれません。
歴史的文脈で考える地銀再編
金融庁は、3年目に入った森信親長官の下で、金融機関は顧客のことを第一に考えて金融サービスを提供していくべき、といったメッセージを繰り返し発信しています。もし、経営統合した地銀が利用者に不利な金融サービスを展開するようであれば、当の金融庁が最も厳しく指導・監督することが容易に想像できます。
また、ここ数年、日本でも拡大してきたフィンテックなどの動きは、スマートフォンやインターネットを活用することで、金融サービスが支店やATMの設置場所に縛られずに提供される時代になりつつあることを示しています。このことは、金融サービスの担い手が、都道府県ばかりか、金融機関という業態の垣根や国境をも容易に超える可能性があることを示しています。
地銀の再編は、こうした新たな大競争時代の到来に向けた強い危機感も背景に、地域を支える立場として、より先進的でより便利なサービスを提供していこうという地銀の、主体的で前向きな取り組みとして捉えることもできるのではないでしょうか。
地域に住む皆さんの将来の生活に直結する問題として、本当に利用者のためになるのは、苦境に立たされている地銀の温存なのか、それとも再編なのか。こうしたニュースを基に、もう一度考えてみてはいかがでしょうか。