はじめに
2025年6月13日に成立した年金制度改正法は、年金に関するさまざまな変更が盛り込まれていることから、ニュースなどでも大きく報じられました。なかでも「社会保険の加入対象の拡大」は、これまで「106万円の壁」の扶養の範囲で働いているパート・アルバイトの人に大きな影響のある改正ですが、内容があまりわかっていない人もいるかもしれません。
今回は、年金制度改正法によって社会保険の加入対象が今後どのように拡大するのか、紹介します。
社会保険の加入対象の拡大とは?
今回の年金制度改正法に盛り込まれた「社会保険の加入対象の拡大」は、これまで社会保険(厚生年金保険・健康保険)に加入しなくてよかった人も社会保険に加入するようになることをいいます。
社会保険の加入対象の拡大は、大きく分けて3つの改正内容が含まれています。
社会保険の加入対象の拡大①:短時間労働者の加入要件の見直し
パート・アルバイトなどで働く人の社会保険の加入要件が見直され、より多くの人が社会保険に加入することになります。
<短時間労働者の加入要件の見直し>
厚生労働省の資料より
現状、パート・アルバイトなど働いている人(短期間労働者)は、次の5つの要件をすべて満たした場合には、勤務先で社会保険に加入しなくてはなりません。
・従業員数が51人以上
・労働時間が週20時間以上(残業時間などは含まない)
・賃金が月8万8000円以上(残業代、賞与、通勤手当などは含まない)
・学生ではない(夜間学生などは対象になる)
・2カ月を超える雇用が見込まれる
社会保険の加入要件は、過去数回にわたり見直され、そのたびに加入者が増えてきました。そして今回の見直しによって、社会保険の加入者はさらに増えます。具体的には、次の2つのポイントが見直されます。
【企業規模要件の撤廃】
従業員数の要件のことを「企業規模要件」といいます。企業規模要件は、2024年10月に101人から51人に引き下げられたのですが、今後もさらに引き下げられ、やがて撤廃されます。具体的には次のスケジュールとなっています。
・2027年10月から 36人以上の企業
・2029年10月から 21人以上の企業
・2032年10月から 11人以上の企業
・2035年10月から 10人以下の企業
なお、企業規模要件の撤廃前でも事業所単位で任意に加入できる制度(任意特定適用事業所)も用意されています。
企業規模要件がはじめて登場したのは2016年10月でした。当時は「501人以上の企業」に勤める人が対象でした。2035年まで、19年かけて企業規模要件がなくなっていくことがわかります。
【賃金要件の撤廃】
賃金額の要件のことを「賃金要件」といいます。「月8万8000円以上」であることから、これを12倍した金額が年収の「106万円の壁」として意識されています。賃金要件以外の要件をたとえすべて満たしていたとしても、106万円の壁を超えなければ社会保険料を支払わなくて済むことから、本当はもっと働ける(働きたい)のに就業調整して働かないようにしている方も多いのです。
賃金要件の撤廃は、全国の最低賃金の引き上げの状況を見極めて法律の公布から3年以内に行われる予定です。時給1016円以上で週20時間以上働くと、自ずと月8.8万円以上の要件を満たすようになります。
2024年の都道府県別の最低賃金がもっとも高いのは東京都で1163円、もっとも低いのは秋田県で951円となっています。全国平均は1055円ですが、1000円に満たない地域もまだ散見されます(厚生労働省「令和6年度地域別最低賃金改定状況」より)。
最も低い秋田県でも、年3.4%以上の賃金上昇が2年続けば、2026年10月には1016円を上回り、そうなるとすべての都道府県で賃金要件は意味が無くなりますので、それを見極めた上で施行するものです。
社会保険の加入対象の拡大②個人事業所の適用業種の拡大
現状、法人であればたとえ従業員が1人でも社会保険の加入対象です。しかし、個人事業所であれば「常時5人以上の従業員を使用している場合」で「法律で定める17業種」(製造業、建築業、運送業、金融業、通信業、弁護士などの士業など)に該当する場合のみ社会保険の加入対象になっていました。これが2029年10月からは、「法律で定める17業種」以外の業種であっても社会保険の加入対象になります。
<個人事業所の適用対象の拡大>
厚生労働省の資料より
たとえば農業・林業・漁業・宿泊業・飲食サービス業などは、これまで社会保険の加入対象ではありませんでしたが、今回の改正により、新たに加入対象になります。ただし、2029年10月時点ですでに存在している事業所については当分の間対象外。5人未満の個人事業所についても同様に対象外です。
ここまでお話しした社会保険の加入対象の拡大によって、
・企業規模要件の撤廃…約70万人
・賃金要件の撤廃…約110万人
・個人事業所の適用業種の拡大…約20万人
合計約200万人が新たに社会保険に加入することになるとみられています。
なお、これらの基準を満たさない場合でも、年収が130万円を超えると社会保険に加入することになります。
社会保険の加入対象の拡大③就業調整を減らすための保険料調整
社会保険に新たに加入することになったからといって、手取りが一気に減ってしまうようでは、生活が苦しくなってしまいます。さらなる就業調整をしようと考える人もいるかもしれません。それを減らすために、新たに社会保険の加入対象となる人に対して、3年間にわたって保険料の負担を軽減できる措置が盛り込まれました。
<社会保険の加入拡大の対象となる短期間労働者への支援>
厚生労働省の資料より
社会保険料は本来労使折半といって、従業員と事業主が50%ずつ負担しています。しかしこの措置を利用すれば、上の図のように月額賃金に応じて労働者の負担割合を25%〜48%に軽減できます(ただし3年目は軽減割合を半減)。
事業主は、この軽減分の保険料もいったん追加で支払う必要がありますが、国などによって全額が支援されます。