はじめに

第2次安倍晋三内閣が進めてきたアベノミクスの下で、日経平均株価は2012年秋の9,000円前後から2017年11月には一時、2万3,000円台まで上昇しました。景気回復局面も5年間となり、戦後2番目の長さとなっています。

この間の金融政策を支えてきたのが、2013年3月に就任した日本銀行の黒田東彦総裁です。総裁の任期は5年のため、2018年の4月には次期総裁が就任することになります。安倍首相は年明けにも次期日銀総裁を誰にするか決断する、ともいわれています。

株価だけでなく日本の経済全体、ひいては私たちの暮らしに大きな影響を与える金融政策は、後任の日銀総裁の下でどのようになるのでしょうか。


黒田氏の続投がベストだが…

黒田総裁の金融政策は、その意外性と影響力の大きさから、時には「黒田バズーカ」とも呼ばれ、安倍政権から全幅の信頼を受けてきました。

一方で、総裁就任から4年半以上が経過した現在でも、金融政策の目標である2%の物価上昇率には大きく届かない状況にあります。大規模な金融緩和が長期化していることの副作用も指摘されることが増えてきました。

また、欧米主要国がリーマンショック後の金融緩和政策から正常化へと向かいつつある中、日本だけが金融緩和を続けるリスクも指摘されています。

それでも、エコノミストや政府・日銀関係者の間では、黒田総裁の続投を支持する声が大きいようです。これまでの黒田総裁の金融政策をめぐる手法が一定の評価を得ているのに加え、市場との対話や内閣・政治家とのコミュニケーションも安定しているためです。

黒田総裁は最近、講演の中で大規模な金融緩和やマイナス金利の弊害にも言及するなど、これまでの金融政策からの継続性を重視しつつも、状況に応じて柔軟に政策を微調整していく姿勢も見せています。

金融緩和から中立的な金融政策への転換、いわゆる「出口政策」が求められる可能性が高い次期総裁には、黒田総裁の続投がベストと考えている関係者は多いようです。

本命は“首相の政策指南役”?

黒田総裁の続投ということになると、これまでの政策の継続が予想され、安心感から株高が進むと考えられます。とはいえ、73歳の黒田総裁は次の5年間を全うすると78歳になるため、海外出張も多い激務の日銀総裁は難しいのではないか、という声も聞かれます。

安倍首相の本命は、実は黒田総裁続投ではなく、現在駐スイス大使を務めている本田悦朗氏ではないかといわれています。本田氏は財務省OBで、安倍首相と30年来の親交があり、安倍首相の金融政策の指南役ともいわれています。

同氏は、現在よりもさらに強力な金融緩和を進めることで脱デフレを実現することを重視する「リフレ派」と呼ばれる主張を展開していて、本人も日銀総裁就任に向けてやる気満々、と報道されています。

もっとも、本田氏は財務省では次官や財務官などの主要ポストを経験していないため、金融政策や政治家・官庁との調整といった実務能力は未知数。難しい舵取りが必要とされる今後の「出口戦略」の局面には適任ではない、という意見も聞かれています。

仮に本田総裁が誕生した場合には、さらに踏み込んだ金融緩和政策をとることで金融政策の正常化が大幅に遅れるともいわれています。為替レートは円安に振れるかもしれませんが、株式市場は不安定化する可能性もあります。

また、これまで以上になりふり構わずデフレ脱却を目指す場合には、長期金利の急上昇など、大規模緩和の副作用の拡大が懸念されるという声も聞かれています。

内部昇格の可能性はあるか

日銀からの内部昇格の可能性もあります。候補となるのは、中曽宏副総裁と雨宮正佳理事です。

実は日銀総裁はこれまで、一部の例外を除いて「日銀→財務省OB→日銀→財務省OB」というタスキ掛け人事が繰り返されてきました。その順番通りという意味でも、財務省OBの黒田総裁の後任は日銀からの内部昇格が影の本命、という見方です。

中曽副総裁は金融システムや金融市場に詳しく、黒田総裁を支えて日銀執行部と政策委員会の橋渡し役を果たしてきています。このため、これまでの金融政策を継続する場合でも、正常化に向けて微修正していく場合でも、中曽副総裁の昇格は最も安全な選択肢といえるかもしれません。

一方、雨宮理事は金融政策の中枢である企画局に長年にわたって携わっており、「ミスター日銀」と呼ばれています。黒田総裁の下でも金融政策の枠組みを担当しており、政治家や内閣に対するコミュニケーションもうまいと評価されています。

今後の「出口戦略」においても、雨宮理事なら実現可能性が高い政策を打ち出せるだろうと期待されていて、適任という声も聞かれています。ただ、副総裁などを経ずに理事から直接日銀総裁に昇格するケースはほとんど前例がないため、ダークホース的な存在といえるでしょう。

いずれにしても、日銀からの内部昇格の場合には、金融緩和のスピードが若干抑制される可能性があるため、一時的には、為替レートが円高に振れ、株価は若干伸び悩むかもしれません。

次期総裁が直面する難局

これらの候補のほか、金融庁の森信親長官やコロンビア大学の伊藤隆敏教授などの名前も挙がっています。しかし、森長官は金融庁長官の3期目の任期途中のため、また伊藤教授は副総裁候補が本命とみられているため、どちらも可能性は高くないと考えられています。

いずれにしても、次期日銀総裁には、低金利・マイナス金利の弊害も指摘されつつある中で、欧米主要国が金融緩和から引き締めに向かう局面ということもあり、金融システムや金融市場を不安定化させないように配慮しつつ金融政策の正常化を目指すという、非常に難しい舵取りが求められることになります。

政府・与党、財務省や金融庁、市場関係者、海外当局、国民など、多くのステークホルダーと丁寧に対話し、日銀内部を鼓舞しながら粘り強く、信じる政策を遂行していくことを期待したいと思います。

(写真:ロイター/アフロ)

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