はじめに
親が要介護状態になると、「仕事を辞めて支えるべきではないか」と考える人は少なくありません。特に50代後半になると、定年も視野に入り、退職という選択肢が現実味を帯びてきます。しかし、その判断は退職金や年金、そして人生後半の設計に大きな影響を与えることがあります。親の介護が始まったとき、仕事を辞めるという選択は本当に最善なのでしょうか。ある56歳会社員のケースをもとに考えてみましょう。
「自分が辞めればいい」と思った56歳会社員
首都圏に住むAさん(56歳・会社員)は、80代後半の父親(一人暮らし)の介護をきっかけに悩み始めました。父親は要介護状態となり、施設ではなく在宅介護を検討する状況になりました。Aさんは勤続30年以上。定年まであと数年というタイミングでした。
仕事を続けながら介護を担うのは難しいのではないか——。そう考えたAさんは、まず介護休業を取得し、その後は会社の休職制度を利用しながら介護に専念することを検討し始めました。そして数年後には退職することも視野に入れていました。
親の介護が始まったとき、「自分が辞めれば解決する」と考える人は少なくありません。家族を思えばこその自然な発想ともいえるでしょう。
しかし、この段階で一度立ち止まって考えることも大切です。介護と退職は、感情だけで決めてよい問題ではないからです。
退職の判断は「会社制度」を確認してから
介護が始まると、目の前の生活を回すことが最優先になります。その結果、「自分が辞めればいい」という発想に傾きやすくなります。
しかし、退職を検討する前に、まず押さえておきたいのが、「公的制度」と「会社独自の制度」の2種類がある点です。法律(通称:育児・介護休業法)で定められた介護休業は、家族1人につき通算93日まで取得でき、要件を満たせば雇用保険から給付金も受け取れます。また、短時間の介護対応のために年5日(対象家族2人以上は10日)取得できる「介護休暇」という制度もあります。
これに加えて、会社独自の介護休職制度や共済制度を設けている企業もあります。Aさんの会社のように、休職中に毎月給付金が支給される制度を持つ企業もあり、公的制度だけでなく、まず自分の会社にどんな制度があるかを確認することが出発点になります。
さらに、休職中の社会保険の扱いや退職金の算定方法・企業年金への影響も押さえておきたいポイントです。
例えば、退職金の算定が「勤続年数ベース」の会社では、休職中も在籍期間としてカウントされるため、退職金への影響が小さいケースがあります。ただし、就業規則で「休職期間は勤続年数から除外する」と定めている企業も多く、扱いは会社によって異なります。退職のタイミングによっても受け取れる退職金や年金額が変わるため、必ず就業規則で確認することが重要です。
58歳退職と60歳勤務では何が変わるか
Aさんが最も迷っていたのは、退職のタイミングでした。もし58歳で退職した場合、年金受給開始の65歳まで約7年間あります。この期間の生活費や介護費用は、退職金や預貯金などから賄う必要が出てくる可能性があります。
一方、60歳になるまで勤務を続けた場合の主な違いは以下のとおりです。
・給与収入が数年分増える
・厚生年金の加入期間が延びる
・退職金額が増える可能性がある
例えば、厚生年金は加入期間と平均報酬(給与や賞与)によって将来の年金額が決まります。数年間でも加入期間が延びれば、生涯で受け取る年金額に差が出ることがあります。2年間の加入期間の差が、生涯で受け取る年金総額に百万円単位の違いをもたらすこともあります。筆者がFPとして相談を受ける中でも「数字を見たら、もう少し続けようと思えた」という声をよく耳にします。2年の違いは小さく見えるかもしれません。しかし、老後資金の視点から見ると、無視できない差になることもあります。
また、退職後に配偶者の扶養に入れない場合は、60歳になるまで国民年金保険料の納付義務も発生します。退職の判断は、目先の数年だけでなく、65歳以降の生活にも影響するのです。