はじめに
「あえてローンを持ち続ける」理由
繰り上げ返済や完済を急がない理由として、団信(団体信用生命保険)の存在も大きくなります。団信とは、ローンの名義人が死亡または高度障害状態になった場合に、残りのローン残高が全額弁済される保険です。つまり、住宅ローンを抱えている間は、その残高分の生命保険に自動的に入っている隠れた生命保険なのです。
たとえば、3,000万円の残債がある人が亡くなった場合、遺族は3,000万円の借金ではなく、ローンが消えた住宅を受け取ることができます。これは実質的に3,000万円の死亡保障と同等です。
「繰り上げ返済で残債を1,000万円まで減らした」場合、団信の効果(保障額)も1,000万円に下がります。生命保険の代わりとして団信を位置付けているなら、繰り上げ返済で残高を早期に減らすことは、同時に保障を削ることにもなります。
さらに、多くの金融機関が、通常の団信に加えてがん特約や3大疾病保障などのオプションを提供しています。これらは金利に年0.1〜0.3%程度を上乗せする形で付帯できます。年0.2%の上乗せで「がんになったときにローン残高がゼロになる」という保障が得られるなら、残高3,000万円の場合は年6万円の保険料で3,000万円のがん保障を得ることになります。
単体のがん保険と比べて割安なケースもあります。もちろん保障内容の細部は各金融機関によって異なるため、比較検討が必要ですし、あくまでも住宅の返済が無くなるだけで、生活は続きますので団信以外の保障も考える必要があります。
また、団信には完済時年齢の上限(多くは70歳~80歳)があります。最近は50年ローンという長く返済する住宅ローンもありますが、団信が途中で終了してしまう場合、ローン返済中に保障がない期間が生まれます。健康リスクが高まる高齢期に保障なしでローンを持ち続けるのは、大きなリスクです。
ローン残債との向き合い方
住宅ローンが残ったまま定年退職を迎える方も少なくありませんが、残債の状況によって、選択肢は異なります。退職金を受け取るタイミングで繰り上げ返済または完済を検討する方が多いのも事実ですが、退職金の多くをローン返済に使ってしまうと、老後の生活資金が薄くなります。
金利上昇局面で、残債が少額(数百万円程度)であれば一括返済も合理的ですが、残債が多い場合は慎重に試算が必要です。金利が低く、団信の保障が続く期間中は、残債を維持しながら手元資金を運用・確保するのも一つの選択肢ですが、50代からは合理性ばかりを追求せず、健康状態・収入の見通し・家族状況・精神面を踏まえた上での判断が必須です。
繰り上げ返済か投資か、長く持つか早く返すか、住宅ローンの戦略に一律の正解はありません。大切なのは、仕組みを正しく理解した上で、自分のライフプランに合った選択をすることです。「なんとなく繰り上げ返済している」「怖いから投資は一切しない」という理由だけで判断しているなら、一度立ち止まって整理してみることをお勧めします。