はじめに

「もう十分働いた」という達成感と、「まだ足りないかもしれない」という不安。同世代の退職が重なる50代後半〜60代前半には、この二つの気持ちが同時にやってきます。SNSでよく見かける声をもとに、この時期特有の迷いを整理してみます。


多くのプレ定年世代に見られる迷い

SNSでは、50代後半から60代前半の会社員による、次のような要素を含む投稿がたびたび見られます。健康なうちに自由な時間を持てている同世代を見て、少し羨ましく思う気持ち。自分もそれなりに懸命に働いてきたのだから、もう十分ではないかという思い。その一方で、もう少し働いて備えを厚くすべきではないかという迷い。そして、配偶者の退職時期や、その後どこでどう暮らすかがまだ定まっていないという、家庭内の状況——。

実際に流れてくる投稿には、こうした気持ちが率直につづられています。「お金は何とかなると思う。でも辞める勇気が出ない」「友人が自由に旅行しているのを見ると焦る」「家族の予定が決まらず、自分だけでは決められない」——。こうした言葉が、達成感と羨望、将来不安、家族関係の不確実性を伴いながら、整理されないまま投稿されているのです。これは特別な状況というより、この年代に共通して起こりやすい状態だといえるでしょう。

なぜ、この時期に迷いが重なりやすいのか

まず制度面の変化があります。かつての60歳定年という一律の区切りは薄れ、65歳までの雇用確保、さらに70歳までの就業機会確保が企業の努力義務となったことで、「いつ辞めるか」自体が個人の選択に委ねられるようになりました。選べるようになった反面、自分で決断しなければならない負荷が増えたということでもあります。

加えてこの時期は、自分自身の退職時期、配偶者の退職時期、住まいをどうするか、老後資金の準備状況、親の介護が始まるかどうかといった複数の決断が、ほぼ同時に判断を迫ってきます。一つひとつを冷静に切り分けにくいタイミングなのです。

そこに拍車をかけているのが、SNSという環境そのものです。以前であれば、同級生や元同僚がいつ退職したかを知る機会は限られていました。しかし今は、「62歳で辞めました」「私は67歳まで働きます」「退職して旅行を楽しんでいます」といった同世代の報告が、毎日のようにタイムラインに流れてきます。比較するつもりがなくても、自分の決断をつい他人と照らし合わせてしまう。他人の人生が見えすぎる環境が、迷いをより強くしている面があります。

もっとも、迷いの背景には比較だけでなく、お金への不安もあります。老後資金の目安として、総務省の家計調査(2025年)では、65歳以上の夫婦のみ無職世帯で年金を中心とした実収入が支出を月4万円程度下回るという結果が出ています。かつて話題となった「老後2,000万円」という数字も、こうした収支差をもとに老後資金の目安として試算されたものです。

ただし、実際には同じ2,000万円でも安心できる人と不安な人がいます。年金が月30万円ある夫婦と18万円の夫婦とでは、必要な備えはまったく違うからです。「いくらあれば大丈夫か」という問いよりも、「自分の場合、毎月いくら不足するのか」を確かめるほうが、現実的な出発点になります。

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