醸(かも)し人九平次。このちょっと謎めいた響きの日本酒ブランドが今、海外でも「KUHEIJI」として注目されています。製造するのは名古屋市の東部、緑区に江戸時代から酒蔵を構える「萬乗(ばんじょう)醸造」。国内の他の日本酒ブランドとは一線を画し、ワインを意識した酒づくりを追求、実際にフランスでのワインづくりにも乗り出しています。

そんな“異端児”な酒蔵が昨秋から「出張日本酒セミナー」を始めました。自社の宣伝やプロモーション活動ではなく、「日本酒とは何か」を理解してもらうための講義とテイスティングの会だというのです。そこで語られた職人たちの「ドラマ」の一部をお伝えします。


若き蔵人が腕を磨く職人技の世界

名古屋駅近くで設けた会場に、酒蔵からやって来たのは中川宣晴さんと白井一徳さん。30代と20代の若き蔵人です。

萬乗醸造全体で、従業員約20人の平均年齢が28歳ほどという若さ。中川さんは20歳だった13年前に、白井さんは3年前に入社して修行を積んできました。ただ、他の蔵元とは違って酒の仕込みに没頭すればいいわけではありません。社員自らが米づくりをはじめ、幅広い仕事と知識の体得を求められるのです。

そんな2人によるセミナーは、「お酒の基礎知識」から始まりました。

酒は醸造酒と蒸留酒、混成酒などに分かれ、醸造酒の代表がビールやワイン、日本酒。その共通点は糖を「酵母」によってアルコールに変えること。この過程が「発酵」です。

ワインはブドウを直に発酵、日本酒は米のでんぷんを麹(こうじ)によって糖に変えてから発酵させます。では、こうした発酵の工程と日本酒の出来とは、どのような関係にあるのでしょう。

中川さんはそれを「車」に例えました。

「車を走らせるにはエンジンとガソリンがいります。酵母をエンジン、糖をガソリンとしてみます。車ならどこに行くかという目的地を決め、それなりのエンジンとガソリンを積んでいきますよね。日本酒では、どういうお酒にしたいかを目的地として決め、そこにたどり着くためにエンジンである酵母の種類やガソリンである糖の量を決めて、僕たちがコントロールをします」

その“コントロール”が職人の腕の見せどころ。例えば温度管理は吟醸酒の場合、5度から11度ほどの間で最適な温度を3時間ごとに確認しながら保ち、約30日間の発酵を見守るそうです。

「途中でガソリンがなくなったとき」は、ワインならブドウを足せばいいのですが、日本酒は何も足せません。

「だから、最初から適量のガソリンを入れておかなければならない。すごいエンジンで、ガソリンもたっぷり積めばいいのかというと、そうでもないんです。酵母が活発になりすぎても『目的地』を行き過ぎてしまう」。狙いを定めて正確な位置にぴたりと到達させる、冬のスポーツのカーリングも連想させました。

名古屋市内で開いた「醸し人九平次出張日本酒セミナー」

米にこだわり「田んぼのドラマ」を見届ける

続いて白井さんが、日本酒の出来を決めるもう一つのカギである「精米歩合」について話しました。

米をまったく削って(磨いて)いない玄米の状態を100%とすると、普段の食事で食べている米の削り具合は95%ほど。いわゆる「5分づき」とは、表面の「ぬか層」を5割除くことなので、米全体としてはほとんど残っている状態。コイン精米機などで「5分づき」や「7分づき」の加工を選んでも、数十分で終わります。

一方、酒づくりのために米を70%残して精米するにはどれぐらいの時間がかかるのでしょう。

正解は「10時間ほど」だと白井さん。では50%にするには?

「50時間」はかかるそうです。これには参加者から一斉に「えー!」という驚きの声が上がりました。

「1回ではできず、何回も繰り返して磨くので長く時間がかかるんです」。白井さんはそう言って、実際に精米した酒米を見せてくれました。「50%」からさらに磨き込んだ「35%」の真っ白な米もあります。いわゆる「純米大吟醸」をつくるには、それだけの手間が掛かると分かりました。

そしていよいよ、今回のセミナーの核心である米の「品種」の話に入っていきます。

「ワインがブドウの品種で語られるように、日本酒も米の品種が決定的なんです」と中川さん。

今、日本には酒づくりに適した「酒造好適米」が100種類ほどあります。中でも最高級として知られるのが「山田錦」。戦前から主に兵庫県で栽培され、6月に田植え、11月ごろに刈り取りされる晩生(おくて)の稲です。

一方、主に新潟県で育てられる「五百万石」は4月に田植え、8月末に刈り取りされる早生(わせ)の稲。

五百万石は寒冷地でも育てられるよう品種改良され、出来る酒の味は淡麗辛口。山田錦は西日本の温暖な気候で育ち、やわらかくて発酵がしやすく、芳醇な酒ができます。

萬乗醸造は2010年から兵庫県の黒田庄(くろだしょう)という町に3反の田を取得し、山田錦をつくり始めました。「どういうお酒にしたいか、辿っていった末に黒田庄に行き着いた」そうです。

その出来は、天候と土に大きく左右されます。「山田錦と、僕が岡山県に通ってつくっている『雄町(おまち)』という品種の稲は背が高く、倒れやすい。だからしっかり根を張る土づくりも大事。台風が来ると稲が倒れて、米が割れてしまう。割れた米だとうまく発酵しないので、『目的地』にたどり着きにくい」と中川さんは再び「車」の例えで説明します。

自ら田を所有し、米を育てている日本酒の蔵元はほとんどないそうです。多くの蔵元は農家が育てた米を購入するだけで、その米がどんな場所で、どう育ったのか分からない。それでは「目的地」がよく見えない。

「毎年、田んぼで起きているドラマと共に、自ら育てた米で日本酒を醸す」

これが九平次のポリシーになっているのです。