はじめに

東京証券取引所で売買するよりも有利な条件で株取引ができると謳ったサービスが広がりを見せています。2月28日にフィンテックベンチャーのフィナテキストが発表したのを皮切りに、松井証券やSBI証券といったネット証券大手も参戦を表明しています。

これらの企業が採用しているのが、いわゆる「ダークプール」という取引の仕組みです。どういうカラクリで東証よりも有利な条件になるのか。そして、そこにリスクはないのでしょうか。


SBIと松井、それぞれの戦略

インターネット証券最大手のSBI証券は3月7日、「SBBO-X(エスビービーオークロス)」という新サービスを4月2日から始めると発表しました。SBBO-XとはSBI Best Offer – Crossの略称で、東証よりも有利な価格で約定できる可能性があります。

対象となるのは、預かり資産残高が1,000万円以上の顧客が、複数の市場から最良の市場を選択して注文を執行する「SOR(スマート・オーダー・ルーティング)注文」で発注した、国内株の現物取引です。

顧客にとって有利な条件は、約定価格だけではありません。月間の売買代金などに応じて顧客は4段階にランク分けされ、最上位ランクだと取引手数料は無料に、最も低いランクでも約10%が割引になります。

SBIの5日前には、松井証券も東証よりも有利な価格で株取引ができる可能性のある新サービス「ベストマッチ」を5月から開始する予定だと発表。こちらは預かり資産残高によって対象顧客を限定しない方針で、手数料体系については通常の手数料に加えて、有利な価格で約定したことに伴う成功報酬を支払うというモデルになる予定です。

そもそも「ダークプール」とは何か

この両社のほかにも、フィナテキストが大和証券とのタッグで「STREAM(ストリーム)」という同様のサービスを3月からスタートさせる予定(現物株取引は4月スタート)。これらの企業が採用しているのが、ダークプールと呼ばれる立会外取引の仕組みです。

ダークプールは東証などの取引所を通さず、証券会社内のシステムで投資家の売買注文をマッチングさせるもの。東証のような透明性の高い取引所(リットプール)と異なり、価格や注文量が外部から見えにくくなっているのが名前の由来です。

リットプールの場合、気配値が見えているため、さまざまな思惑を含んだ注文が出されますが、ダークプールではそうした気配情報が見えないため、取引意図を秘匿したまま大口の取引が可能になります。

また、価格の刻みがリットプールよりも細かいことから、取引所で売り気配と買い気配に開きがあった場合、その間の有利な価格で取引が成立する可能性があります。新興市場の銘柄は売り気配と買い気配のスプレッドが大きい傾向があり、大型株よりも改善幅は大きいといわれています。

日本においては、2007年に外資系証券が機関投資家向けに提供を開始し、2010年に東証の新システムが稼働し、取引スピードが向上してから、本格的に利用され始めました。現在は国内株式の全取引のうち、5~6%がダークプール経由だと推定されています。

これまでは“投資のプロ”だけが享受していたメリットを個人投資家にも開放しようというのが、今回の一連の動きというわけです。

ダークプールのデメリットに対抗策は?

しかし、ダークプールはメリットばかりではありません。

匿名性が高いということは、発注した取引が実際に執行されるかどうかの面で不確実性が存在することを意味します。また、リットプールとの間にタイムラグが生じてしまうため、取引所の板情報が切り替わる瞬間にダークプールで取引が成立すると、結果的に取引所よりも不利な価格で約定してしまう懸念もあります。

こうしたダークプールの負の側面に対し、松井証券ではいくつかの対処を施す考えだといいます。同社のベストマッチは、社内のマッチングシステムと外資系証券のマッチングシステムとを照らし合わせて、マッチングした場合のみ、ダークプールで注文執行する仕組みを採用します。

「注文が1本のベルトコンベアに乗っていたとすると、基本的には東証での取引執行に向かっていて、もし途中でダークプールに有利な気配が見つかれば、ベルトコンベアから弾かれ、ダークプールへの経路に迂回するというイメージ。あくまでも、東証での立会内取引あっての立会外取引というスタンスです」(松井証券)

また、ベストマッチによって、どれだけの価格改善効果があったのか、約定ごとにレポートを送付し、事後の透明性を担保する考えです。加えて、ベストマッチの全取引における価格改善効果も自社ホームページで開示する予定だといいます。

「東証とのタイムラグの関係から、不利な価格で約定するケースは出てしまうかもしれません。しかし仮に1度、不利な取引が発生したとしても、使い続けていると、本来想定している価格改善効果に収斂していくとみています。それでも不利になる可能性が嫌ということであれば、ベストマッチの機能を外すこともできます」(同)

証券業界の手数料競争の果てに

それにしても、ベンチャーだけでなく、ネット証券大手までもがダークプールに参入してきた背景には何があるのでしょうか。ある業界関係者は、こう耳打ちします。

「証券業界の手数料競争は行き着くところまで行きました。次に顧客へメリットを提示できるとなると、約定価格を有利なものにすることくらい。今後は、どのダークプールとつながっているかという競争になるかもしれません」

確かに、ネット証券各社の手数料引き下げ競争は激化しており、1日定額の場合、岡三オンライン証券は20万円までの取引を手数料無料に、SBI、楽天、松井の3社は10万円までを無料に設定しています。

ここからさらに手数料を引き下げるとなると、いくら固定費負担が対面証券よりも少ないネット証券といえども、かなり厳しい競争になります。であれば、約定価格が有利になる可能性があるダークプールに走るのは、自然な流れなのかもしれません。

とはいえ、マイケル・ルイス氏のベストセラー『フラッシュ・ボーイズ』にも描かれているように、米国のダークプールでは個人投資家が食い物にされるリスクも潜んでいるといわれています。個人投資家にとって、足元の動きは福音か、それとも「パンドラの箱」か。各社のサービスはリスクを除外するよう設計されているといいますが、利用者としては実際に始まってから、じっくりと見極める必要があるのかもしれません。

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