はじめに

マーケット関連の各種報道のトーンが変わり始めたようです。世界貿易戦争勃発の可能性を指摘していた人たちがいなくなったわけではありません。その可能性を指摘するコメントがフェードアウトしてきたためです。

「今年は二度と1ドル=109円台までのドル円の上昇はない」と主張していたにもかかわらず、その水準を回復したことを受けて、コメントに困っているのかもしれません。


転機は何だったのか

ドル円相場は昨年のボックス相場を2月に下抜けしたことで、ドル安円高が加速しました。しかし足元では、「リスクオフの円高」というテーマに乗って、「リスクオン」のドル売り円買いポジションを取っていた投機筋が、「自分たちのリスクをオフにする」ドル買い円売りを進めていると思われます。

そして、4月24日に突然出てきたドナルド・トランプ米大統領の「中国は極めて真剣だ」「合意にこぎ着ける可能性は大いにある」という発言に、貿易戦争勃発を唱えていた人たちは戸惑っているのかもしれません。

米共和党への最大献金者ともいわれるコーク兄弟の影響力は、計り知れないものがあるかもしれません。「コーク氏の政治ネットワークのリーダーたちはトランプ関税に激怒」との報道に反応したと推測されるためです。

ボックス圏内を回復したドル円が持続的に1ドル=108円以上の円安水準を維持するには、トランプ大統領発言はうってつけの材料となりました。5月2日にいったん1ドル=110円水準を回復しましたが、110円水準は堅実・着実・沈着冷静な日本の輸出企業の円買いも出ているため、円安も一服しています。

市場参加者の関心は貿易戦争の可否

5月3日から4日にかけて、米国のそうそうたるメンバーが中国・北京を訪問。スティーブン・ムニューシン米財務長官、ウィルバー・ロス米商務長官、ロバート・ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表、ラリー・クドロー国家経済会議(NEC)委員長ら米側代表団が、北京の釣魚台迎賓館で米中通商協議を行いました。

前回も触れたように、筆者は「米中貿易戦争回避」派であり、今回の米中通商協議では両国の落としどころが見つかると期待しているため、マスコミなどで「世界(米中)貿易戦争が勃発するのでは」と予想するコメンテーターと立場は異なります。

したがって、相場の先行きの方向性も異なり、筆者は今秋に向けてドル円相場は1ドル=115~120円ゾーンに上昇と見ています。一方、「世界(米中)貿易戦争勃発」を予想するコメンテーターは1ドル=95~100円ゾーンへの下落を見込んでいるようです。

ただ、トランプ大統領のこれまでの手法や1987年の著書を考慮すると、「米中貿易戦争回避」派が増えてくるのではないでしょうか。

貿易戦争が回避される理由

トランプ氏の著書『トランプ自伝-不動産王にビジネスを学ぶ』(トニー・シュウォーツ氏との共著)の中で紹介されているトランプ氏の手法に、「あとで撤回し、より控えめな譲歩を受け入れることを計算に入れて、大胆な脅しをかける」という言葉があります。「あとで撤回」することを予定している「脅し」ととらえるべきではないでしょうか。

「米中貿易戦争勃発=11月6日の米中間選挙での米共和党大敗」という関係にあると筆者はみており、この点からも「米中貿易戦争回避」に向かうだろうと予想しています。

米国の農業団体は米共和党にとって重要な支持基盤です。その大切な支援者は、実は今回のトランプ関税やトランプ大統領の対中口撃ですでに被害を受けています。米紙ウォールストリートジャーナル(5月5日付)は、「米中の『貿易問題でのけんか』が現在、米国の大豆、豚肉などの輸出業者に影響を与えている」と報じています。

すなわち、トランプ氏の手法である「脅し」の落としどころが見つからなければ、米共和党の中間選挙での大敗は確実になるのではないでしょうか。

(文:大和証券 チーフ為替ストラテジスト 今泉光雄 写真:ロイター/アフロ)

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