はじめに

米中の貿易摩擦問題をめぐるドナルド・トランプ米大統領の発言を振り返ると、イソップ寓話に出てくる「オオカミ少年」を思い起こさせます。

貿易戦争(注1) への進展を連想させる発言を繰り返しながらも、一方で、深刻な事態には至らないような動きも垣間見えます。当初はこの問題に衝撃を受けた市場関係者も、実際には深刻な事態にならないのではと思い始め、次第に過激な発言に慣れていく状況が「オオカミ少年」と類似しているようです。

トランプ大統領の当面の目標は、11月6日の米中間選挙(注2) で勝つ(共和党が勝利する)ことでしょう。そのため、「中国によって米国内産業が痛めつけられ、貿易赤字が膨らんでいるほか、知的財産権なども侵害されている。よって、国内産業を保護する姿勢を強めれば、共和党支持が増えるだろう」と目論んでいる可能性はあります。

3月1日には、中国製品を念頭に鉄鋼とアルミに追加関税を課す方針を表明。3月22日には、最大600億ドル相当の中国製品に制裁関税を課す大統領令に署名。4月5日には、1,000億ドル相当の中国製品への追加関税の検討を米通商代表部(USTR)に指示するなど次々と強硬策を打ち出し、中国との貿易戦争も辞さない構えを見せています。一方の中国も対抗姿勢を鮮明にしています。


VIX指数で市場の不安の度合いを測る

こうした米中の対立を、投資家はどの程度不安に思っているのでしょうか。その不安心理を映すVIX指数(注3) を見ると、確かに貿易摩擦の激化を示唆する発言などが出た際には、20を超え、不安感が高まっていたことがわかります。

ただ、今年に入ってからVIX指数が最も高まったタイミングは、2月2日発表の1月米雇用統計を引き金に米長期金利が上昇した局面です。VIX指数は37.32(2月5日)まで上昇し(NYダウ平均株価は同日1,175ドル下落、下落率は4.6%)、利上げ加速による米国経済悪化が大きな懸念と捉えられたようです。

一方、貿易摩擦をめぐる事態に対して市場の反応は見られましたが、2月の米金利上昇時ほどのショックとはなっていません。現在(5月11日時点)、VIX指数は12.65と落ち着きを取り戻しています。米国と中国との応酬合戦も、落とし所を探るためのパフォーマンスと認識されてきているのかもしれません。

米中の貿易構造を知っておこう

そう考える根拠として、米国と中国の両国にとって何のメリットもないことが挙げられます。高い関税を課すことに対して米国の産業界からの反発は強く、現実のものとなれば、11月の米中間選挙で勝つという当初の目的が達成できないでしょう。トランプ大統領としては、戦う姿勢を見せながら、貿易赤字を減らす方向で、何らかの中国側の譲歩を引き出す、あるいは引き出したように見せたいところでしょう。

中国も同様です。対抗措置として、中国も米国製品の関税上乗せを表明していますが、品目によっては米国以上に中国がダメージを被る可能性もあります。

米国と中国の輸出入構造から、両国の密接な結びつきは明らかです(下表)。その中でも象徴的な品目として、中国が4月4日に対抗措置として追加関税リストの中に挙げた大豆で見てみましょう。

中国が米国から輸入する大豆に25%の関税を上乗せし、輸入を制限すれば、米国の大豆農家が売り先に困り、米国経済に打撃を与えることとなります。しかし、中国は大豆の輸入の34.4%(2017年)を米国に頼っています(下図)。

大豆の輸入制限をすると、品不足、それに伴う価格の高騰を招くことから、中国経済も大きなダメージを受けます。中国はこうした事態にまで進展しないと読んでいるからこそ、対抗措置としてあえて大豆のような品目を挙げたといえるかもしれません。

実際、中国の習近平国家主席は、4月10日に「アジアフォーラム」で演説し、自動車や金融などの分野での外資出資制限の緩和や輸入関税の引き下げなどの市場開放策を表明しました。市場開放や輸入促進策を打ち出してきたこと自体が米国と反目するのではなく、交渉を続けていこうという意思の証左のようにみえます。

ファンダメンタルズを見極める姿勢が重要に

今回の貿易摩擦問題に限らず、トランプ大統領が掲げた政策の実現に向けての紆余曲折は数多くみられます。その中でも、米国経済にとって明らかにプラスとなる減税やインフラ投資などについては実現に向けて動き出したほか、金融の規制緩和なども進展しつつあるようです。それ以外の政策については、米国に有利に働くかどうかで方針が豹変するケースが目につきます。

しかし、米国第一主義を唱えている以上、米国経済を悪化させるような政策をとるとは考えにくく、引き続き力強い経済の拡大、企業業績の拡大が見込まれます。株価が材料に左右されるような時こそ、経済や企業業績などがどうなっているのかを見極める姿勢が必要といえるでしょう。

用語解説

(注1)貿易戦争
自由貿易のもとである国の産業が打撃を受ける貿易摩擦が引き金となり、その相手国に対して高い関税をかけ、輸入制限をするなどの報復とその応酬が続く状態のこと。

(注2)米中間選挙
米国において、4年ごとの大統領選挙の中間の年に実施する連邦議会選挙。州知事や州議会などの地方選挙も同時に行う。
下院議員(435議席)の任期は2年、上院議員(100議席)は6年で 2年ごとに 3分の1が改選されるため、中間選挙では下院は全議席、上院は3分の1が改選の対象。投票日は大統領選と同様、11月の第1月曜日の次の火曜日と定められている。議会や各候補への評価だけでなく、現職大統領に対する「信任投票」の意味合いもある。

(注3)VIX指数(Volatility Index)
S&P500種株価指数のオプション価格をもとに算出される予想変動率のこと。投資家の不安心理を映す「恐怖指数」と呼ばれる。投資家が株式相場の振れ幅(Volatility)の先行きをどれほど見込んでいるかを示しており、値が高いほど、相場の変動が大きくなると市場が想定していることを表す。株安の警戒感が強まると上昇しやすい。

(文:大和証券 投資情報部 花岡幸子 写真:ロイター/アフロ)

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