半導体大手の米インテルが5月23日、新しいプロセッサーを2019年に市場投入すると発表しました。この商品、実は“業界の巨人”が起死回生を狙って発売する商品です。

というのも、インテルはある成長分野で後れを取っているのです。それが人工知能(AI)チップです。盤石と思われた同社は何につまずいているのでしょうか。解説してみたいと思います。


インテルが参入する意味

5月23日、サンフランシスコで開催したAI開発者向けのカンファレンスでインテルは、2019年にニューラル・ネットワーク・プロセッサーという新しいタイプの半導体チップを発売すると発表しました。

これは、人工知能が深層学習を効率的に進められるように設計した新しいタイプのチップです。そう話を聞くと「インテルがまたビジネスチャンスを広げるのか」と感じる方もいらっしゃるかと思いますが、実情は逆です。インテルは新しいビジネスチャンスに後れを取っていて、先行するライバルを一生懸命追いかけているのです。

インテルが開発を急いでいるのが、人工知能チップといわれる新世代製品です。人工知能が今、とても成長性が高い分野だということは広く知られていると思います。人工知能はこれまでのコンピュータが苦手だった分野に次々と導入され始めています。

典型的な用途が画像認識です。最近、街中に監視カメラが増えてきました。初歩的な製品は、たとえばコンビニで犯罪が起きたときに、事件の後で犯行の様子を画像で確認するといった、ただ周囲の様子を映すだけでした。しかし、次世代の製品ではちょっと面白いことができるようになります。

人工知能チップはどう使われるのか

次世代の監視カメラは、人工知能による新しい機能を付加されたものが出回り始めています。人工知能はこれまでのコンピュータが苦手だった「パターン認識」という能力を発揮することができます。

たとえばコンビニの店内を映しているうちに、カメラに映る人の行動を分析することができます。おにぎりの棚に近づいてみたけど商品がまばらにしか置いてないからすぐにお店を出て行った人を見ながら、カメラが「このお客さんは他のお店に行っちゃったな。損したな」と分析するのです。

また、新商品の置いてある棚を素通りするお客さんを観察しながら、「商品の置いてある位置が低いせいか、新商品だと気づいてくれないな」といったことを見つけてくれる。これが、パターン認識ができる人工知能チップに期待される役割です。

人間なら簡単にできるこのような作業をコンピュータが苦手なのは、これまでのコンピュータはすべての情報を処理しようとするからでした。

人間はコンピュータと違ってすべての情報を処理するわけではありません。注意すべきもの以外の情報は無意識のうちに切り捨てることで、頭の中で情報処理ができるのです。パターン認識ができる人工知能は、この人間の特性を模倣するように設計されています。

この人工知能チップですが、実はインテルには簡単には開発できない理由があるのです。

なぜインテルは人工知能チップが苦手?

半導体最大手で、世界で一番儲かっている半導体企業でもあるインテルですが、次世代の注目商品である人工知能チップの開発では後れを取っているのは、なぜなのでしょうか。

実は半導体メーカーに必要なケイパビリティ(重要な能力)が2つあります。高度に細密な半導体素子を製造する物理的な技術力が1つ。そしてもう1つは、その半導体上で動作するソフトウェアの開発能力です。

インテルが得意とするCPU(中央演算素子)という製品は、それ自体が巨大なソフトウェアです。東芝やNECといった日本の半導体大手がメモリ事業では強くてもCPUでぱっとしないのは、高度なソフトウェア開発能力を持っていないために、そちらの分野に本格参入できないからです。

これと同じことが人工知能チップにも起きるのです。インテルがいかに高度な製造能力をもっていても、人工知能チップのソフトウェア開発能力がなければこの世界では成功できません。

人工知能チップの分野で先行するのはエヌビディアです。秋葉原が好きなパソコンマニアの方はよくご存知の画像処理ボードが得意な会社ですが、一般的にはあまり知られていません。そのエヌビディアが人工知能チップの市場拡大の恩恵で、いつのまにか売り上げでインテルの7分の1の規模まで成長してしまったのです。

巻き返しを図るインテルの戦略

これに慌てたのがインテルでした。何しろ同社は過去に一度、スマートフォンの成長を見誤って、巨大なスマホのCPU市場をライバルのクアルコムに奪われてしまった失敗があります。そして今度は人工知能チップの世界でエヌビディアに先を越されそうになっている。これは大変なことです。

そこでインテルが行ったのが、大規模なM&Aです。今回の人工知能チップの開発は2016年に買収したナバーナ・システムズの技術がベースになっています。

それ以外にも、回路設計に優れたアルテラ、ドローン向けの消費電力が小さいチップを開発するモビディアス、車載カメラの画像分析に優れるモービルアイといった会社を、総額で数兆円かけて、次々と買収しています。

このように、M&Aでかき集めた人材のおかげで、インテルの人工知能部隊の人数は数年前と比べて4倍の規模に達しているといいます。そして、来年からインテルブランドでいよいよ新しいタイプの人工知能チップが次々と発売されるところまでやってきた、というのが今回のニュースです。

インテルの新製品は先行するライバルに追いつくことができるのでしょうか。年末から来年の頭にかけて、その実力が少しずつ新製品発表の形で明らかになってくるはずです。インテルが追いつくか、それともエヌビディアがどんどん逃げて行くのか。IT業界全体の勢力図を左右する新しい戦いがまさに今、繰り広げられているのです。