はじめに

「まずは厳格化・適正化された新たなストレステストの確実な実施を通じた自己資本の充実等により、高度なリスク管理体制の構築を確実かつ迅速に進める」(報告書案 p.11)

6月12日、店頭FX(外国為替証拠金取引)業者の決済リスクへの対応に関する有識者会議第6回会合が開催され、本検討会の報告書案がまとまりました。

昨年秋に「レバレッジ上限を現在の25倍から10倍へと引き下げる」とする観測報道がされてから注目を集めてきた本検討会ですが、報道とは異なる決着をみせたようです。

議論のターニングポイントはどこだったのでしょうか。まとめられた報告書案、そして公表された議事録から、経緯をひも解きます。


注目された報告書案の中身

今回まとめられた報告書案。昨年秋以降の観測報道では「レバレッジ上限を現在の25倍から10倍へと引き下げる」とされていましたが、「必ずしも現状以上の証拠金規制は必要ない」という結論に落ち着きました。

ただし、その前提として、「店頭FX業者の決済リスクの管理という観点からみた場合、業者の自己資本が充実し、未収金を吸収できる十分な財務基盤を備えることとなれば」という文言も付記される形となり、強化したストレステストを実施することが盛り込まれました。

また、報告書にはその他の対応策として、

(1)取引データの報告制度の充実
(2)未カバーポジションの適切な情報開示
(3)ロスカット監視間隔の短縮
(4)相場急変時の対応案検討
(5)顧客の損失を限定する規制導入の検討

など、他国事例も参考にした政策案が記載されています。これらは自主規制機関である金融先物取引業協会主導のもと、対応を検討するとされました。

レバレッジ規制論議が巻き起こった理由

そもそも、なぜこの検討会は開かれたのでしょうか。開催経緯から振り返ってみましょう。

日本のFX取引の市場規模は2016年度には5,000兆円程度まで拡大。上場デリバティブ取引などを抑えて、類似する金融取引と比べても最大の取引高となりました。

こうした状況下、店頭FX業者の決済リスク管理を不十分なままにしておけば、投資家やカバー取引(FX業者がリスク回避のため、受けた注文の一部もしくは同等の注文を他の金融機関に対して行うこと)先に大きな影響が起こりえる、さらには、その先にある外国為替市場や金融システムにも影響を及ぼす可能性がある、という問題意識が金融庁にはありました。

レバレッジ規制強化案は、こうした問題意識を背景に、本検討会の開催に先駆けて観測報道がなされ、にわかに市場関係者の注目を集めることとなったのです。

FX業者トップが異例の反論

しかし、レバレッジ規制については、第2回会合第3回会合で業界関係者からの反発・異論が噴出しました。

セントラル短資FXの松田邦夫社長は、店頭FX取引は社会的・経済的効果として、市場の流動性供給に一定の役割を果たしており、当局とも連携のうえ、取引ルールの整備など管理手法の整備を進めてきた、と市場の健全性を強調しました。

そのうえで、「どんなリスクを懸念するのか、今そのために何が不足しているのか、といった見極めを出発点として、他の業界や、ある程度性格を一にする金融商品等に対する規制とバランスをとる形での議論をお願いしたい」と、異例の提言を行いました。

また、GMOクリック証券の鬼頭弘泰社長は「店頭FX取引ではレバレッジが10倍を超える取引が大半で、仮にレバレッジ規制が強化されれば、マーケットへのインパクトは極めて大きい」と証言。

SBI証券の小川裕之取締役は「レバレッジや未収金額も他のオプション取引の方が多く、店頭FX取引に過度なリスクがあるという実感はない」と述べ、規制強化に反対する姿勢を強調しました。

これを受けて、検討会メンバーからは「本日話のあった3社の話を聞く限りでは、規制は不要ではないか」という感想が聞かれ、中小の取引業者の状況確認が必要としながらも、「レバレッジ規制だけではなく、他の規制との組み合わせで全体の枠組みを考えるべき」といったコメントがなされました。

報道が先行したことに加え、議論が「レバレッジ規制強化ありき」で進んでしまうことへの疑問が、FX取引業者だけではなく検討会メンバーからも表明された形です。また、2018年5月8~18日に行われた本検討会に関するパブリックコメント募集では、意見総数345件のうち、個人を中心にレバレッジ規制強化への反対意見が多数を占めました。

なぜ業界は強く反発したのか

FX業界や個人投資家が、レバレッジ規制に対し、ここまで強く反発したのには理由があります。過去、立て続けに実施されたレバレッジ倍率の引き下げです。

日本の店頭FX取引は、1998年4月に外国為替取引が完全自由化されたことを機に拡大しました。取引所を介さない相対取引市場には、商品先物業者や証券会社以外にも、業法に縛られない数多くの業者が参入するようになりました。

ただ、その一方で、市場の拡大とともに投資家被害も広がる事態に。その対策として、2005年7月に金融先物取引法の改正が行われ、業者に対する登録義務付けや財務規制、行為規制などが導入されるようになりました。

その後、金融商品取引法への改正を経て、2010年8月からは個人のFX取引についてレバレッジ規制導入されるようになります。当時は50倍以下に制限され、さらに翌年2011年8月からは25倍以下へと、もう一段の引き下げを断行。2017年からは法人のFX取引についてレバレッジ規制が導入されました。

レバレッジ規制はこれまで、当局が市場を制御するうえで迅速かつ有効的な手段であったことがうかがえます。

重責を担う自主規制機関

検討会終了時には、座長である池尾和人・立正大学教授より、強化されたストレステストを店頭FX業者と自主規制機関(金融先物取引業協会)で迅速に実施し、その結果を金融庁がしっかり監督することが改めて確認されました。

重責を担うことになった金融先物取引業協会の山崎哲夫事務局長は「今回の報告案を踏まえ、金融市場の仲介者として投資家・金融市場関係者の信頼を確実なものとしたい」とコメントをしています。

ただし、報告書には今後の火種にもなりかねない、ある文言が記されました。「(ストレステストの確実な実施を行っても)なお十分な効果が得られていないと判断された場合には、証拠金規制を含めた他の方策の採用について再度検討することが適当と考えられる」。

ひとまずはFX業界の意見が尊重された形のレバレッジ規制問題。しかし、市場関係者と当局のせめぎあいは、今後も続きそうです。

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