はじめに

今年のドル円相場を振り返ると、年初から円高に振れましたが、3月下旬以降は円安基調に戻っています。もっとも、ドルの上値も限定的で明確な方向感が定まっていません。市場の見通しも円高派、円安派に分かれ、コンセンサスがない印象です。

こうした気迷いムードは投機筋のポジションにも表れています。今後、レンジ相場は円高、円安どちらに抜けるのでしょうか。


ドル円の戦略を決めあぐねている投機筋

為替市場では、通常、手口やポジションなどが公表されることはありません。ただ、例外的に米国商品先物取引委員会(CFTC)では毎週、取引所の先物取引における未決済ポジションの残高を商業部門および非商業部門(≒投機筋)に分けて公表しています。

もちろん、手口の公表を嫌って、先物を利用しない向きもあり、CFTCの公表データが投機筋の取引を完全に反映しているわけではありません。ですが、投機筋の動向を把握するうえで一定程度は有効だと判断されます。

図表①はシカゴ・マーカンタイル取引所で取引されている通貨先物取引のポジション(日本円、非商業部門)の推移ですが、昨年後半は円売りポジションが大きく積み上がっていました。つまり、この時点で投機筋のコンセンサスは円安シナリオだったことが想像できます。

このシナリオは今年1月に崩れました。そのきっかけは、日本銀行の金融政策正常化観測が浮上したことが挙げられそうです。結局、投機筋は円売りポジションの急激な巻き戻しを強いられました。つまり、3月下旬にかけての円高ドル安を牽引したのは投機筋の円買い戻しであったと考えられます。

その後、ドル円相場が円安基調に戻る過程で、投機筋の円売りポジションは積み上がっていません。現状、ポジションにほとんど偏りはなく、彼らはシナリオや戦略を決めあぐねている様子が窺えます。

円売りが積み上がっていない以上、今年の年初に見られたようなポジション巻き戻しによる急激な円高リスクは小さいでしょう。反面、投機筋が円売りを牽引する姿が見えない限り、短期的にさらなる円安の進捗も困難ではないでしょうか。

日本銀行が早期に金融政策正常化に動く可能性が低くなっていることから、投機筋が積極的に円高シナリオを描けないことは理解できます。6月12~13日に開かれた米連邦公開市場委員会(FOMC)はよりタカ派にシフトした印象があり、日米金利差の拡大に逆行する形で円買いポジションを構築するのはさすがに合理的とは言いにくいでしょう。

反面、投機筋が円売りポジションの積み上げを躊躇する理由は何でしょうか。一つには、米中の貿易摩擦激化に対する懸念がありそうです。たとえ日本が当事国でなくても、世界経済の大きな懸念材料である以上、いわゆるリスクオフの円買いが連想されやすいでしょう。

また、米国の金利上昇と表裏一体ですが、一部の新興国通貨の軟調な値動きも円売りポジションが積み上がらない理由であると見られます。新興国通貨がリスク資産であるならば、円は対極の安全資産という評価が多いようです。つまり、米国の金利上昇が新興国通貨安を誘い、結局、円が受け皿になるリスクは無視できないでしょう。

ただし、いずれもイメージ先行の感は否めず、現状はリスクシナリオの域を出ないと見られます。

日米欧の金融政策の路線に明確な相違

前章でも少し触れましたが、6月中旬に日米欧の金融政策会合が相次いで開催されました。まず先陣を切った米連邦準備制度理事会(FRB)は0.25%の利上げを決定しています。市場では、利上げはすでに織り込み済みであったことから、注目は今後の利上げペースが加速するのか否かでした。

結論を言えば、声明文の文面の変化から米国経済に対する自信が窺え、FRBはタカ派にシフトしたと判断できそうです。ちなみに、メンバー各人の政策金利見通し(ドット・チャート)を見ると、2018年の利上げ回数の中央値は3月時点の3回から4回へと上方修正されています。

続いて14日に行われた欧州中銀(ECB)理事会では、資産購入プログラムを年内に終了することが決定されました。一方で、「政策金利が少なくとも来年夏まで現行の水準にとどまる」とのガイダンスが示されたものの、ECBが金融政策正常化の道を着実に進んでいるのは確かです。

対照的に、トリをつとめた日本銀行(14~15日)は予想通り、現状維持を決定しており、FRBやECBとの路線の違いが明確となったと言えるでしょう。

金融政策の方向性の違いが必ずしも通貨の強弱とイコールでないのは確かです。とは言え、2004年6月に米国からスタートした世界的な金融引き締め局面では日本だけがその波に乗り遅れ、ドル安という環境だったにもかかわらず、それ以上に円の弱さが目立ったのも事実です(図表②の丸印参照)。

日米欧で、金融政策の路線の相違がこれだけはっきりしているのであれば、素直に円安シナリオをメインに考えてみたいところです。ちなみに、当面のドル円相場の上値目標は、昨年11月6日につけた1ドル=114円73銭となります。

(文:大和証券投資情報部 シニア為替ストラテジスト 石月幸雄)

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