はじめに

「現状維持の対応では大きな成長は見込めません。今後数年間で成長フェーズに舵を切る必要があります」。大和証券グループ本社の中田誠司社長がこう危機感を露わにしたのは、5月22日に開いた自社の経営戦略説明会でのことでした。

2018~2020年度の中期経営計画において、預かり資産80兆円以上、経常利益2,000億円以上といった目標を掲げている大和証券。そのためのドライバーとして位置づけられているのが、リテール(個人向け)部門の営業改革です。

個人客向けの営業を、どのように変革しようというのでしょうか。そして、それによる利用客のメリットはどこにあるのでしょうか。大和証券の戦略を深掘りしてみます。


5年間で店舗数を倍増

大和証券の新中期計画においてリテール部門の戦略の柱となるのが、営業所戦略です。同社は5月時点で全国に153の店舗を展開していますが、このうち36店舗が「営業所」と呼ばれる形態になっています。

営業所とは、バックオフィスを持たない、低コストで小規模な営業拠点を指します。この店舗数を今後5年で2倍程度まで拡大させる方針を、新たに掲げました。一方で、全国の主要都市に展開している大型店は継続的に集約していきます。

「これまでもエリアマーケティングをしていましたが、精緻なものができていませんでした。そういう支店はできるだけ集約して、エリアを補完する営業所を出すことで、エリアカバー率を上げることができます。業界トップの国内店舗網を確立していきたい」(中田社長)

実は、営業所の出店は最近始まったものではありません。実際の出店がスタートしたのは2013年でした。

それ以前から顧客との接点拡大を狙って新規出店を検討していましたが、フルスペックの支店を出しても、そのコストを賄うために商圏人口を大きく設定せざるをえませんでした。しかし、商圏を広げると、富裕でない地域も担当エリアに入ってきます。富裕層比率が低くなるので、営業活動の効率も落ちるという悪循環が懸念されたわけです。

そこで考え出されたのが、イニシャルコストもランニングコストも抑えられる、5人規模の営業所でした。「営業所は営業員が顧客訪問などで活動する拠点として位置付けています。既存のお客様の近くに接点を作ることで、営業の頻度と密度を高める狙いがありました」(大和証券の村田勝安・営業企画部長)

営業所戦略のメリットは?

大和証券にとって営業所戦略の最大のメリットは、同じ量の経営資源を投入したとき、効果の上がるスピードが速い点です。実際、既存の36営業所に在籍する営業員の比率は全社員の3%なのに対し、全社に占める新規客開拓のシェアは6%、資産導入に至っては30%に達しているそうです。

通常の支店よりも在籍人数は少ないので、サポート面で指示の効率が悪くなる面もあるといいますが、それでもデメリットよりメリットのほうが大きいようです。

一方、利用客にとって、営業所が増えることのメリットは何なのでしょうか。前出の村田部長は「デメリットはほとんどないのではないでしょうか」と話します。

既存顧客の場合、従来の支店よりも店舗までの距離が近くなるので、店舗が利用しやすくなります。そこで受けられるサービスの中身が支店と違えばデメリットも出てきますが、今のところ、支店と同じサービスが受けられます。

緊急性を伴う書類が必要なときの対応がワンテンポ遅れたり、セミナーの開催頻度が通常の支店より少なくなる可能性があるのが、デメリットといえばデメリットという程度のようです。

顧客ロイヤルティで効果測定

こうした営業所戦略が顧客の満足度を高めているのか、効率的・継続的に可視化するための手段も導入を進めています。「NPS(ネット・プロモーター・スコア)」という、顧客ロイヤルティを数値化する指標です。

4月から15店ずつ程度、1ヵ月半を費やして、導入準備を進めています。2018年度中に全店で準備期間が終了し、2019年度から全店が共通指標で数値の改善を図っていく計画です。

大和証券では、これまでも70項目に及ぶ調査で顧客満足度を調べていましたが、NPSでは質問は「家族や友人に大和証券を勧められるか」「自分の担当者を勧められるか」という2問だけ。しかし、試験的に昨年11月から導入した店舗では、他店よりも大口の約定や資金導入があったといいます。

新中期計画のさらに次の目標として、2023年度末の預かり資産100兆円を掲げる大和証券。ただ、定量目標はあくまでも結果であり、本来の目標は顧客満足度の向上にあるといいます。

「規模ではなく、中身で差別化が図れる形に持っていきたい」と語る村田部長。攻勢を強める銀行系やネット系の証券会社、最大手の野村証券とは異なる軸で独自の立ち位置の構築を狙います。

(写真:ロイター/アフロ)

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