はじめに
企業もみんないっぱいいっぱい
「経済的にひっぱくする主な理由は、仕事を辞めたり変えたりすることですが、当事者は収入が減っても、年齢による時間のリミットがあるため、仕事より治療を優先させたい。どうしても焦りが出て、仕事を辞めざるを得ない状況に追い込まれやすくなります」と松本さんは言います。
また、精神的に周囲から退職に追い込まれたという人の中には、人手不足から「これだけ周りが迷惑しているんだから、いい加減にしてほしい」とまで同僚に言われた人もいるとも。そこまで言う人がいるのかとあ然とする一方、それを言ってしまうほど追い詰められている企業の体力やマネージメント能力の貧困さがうかがえます。
「産休・育休は期間が決まっているので、まだ納得してもらえますが、不妊治療はいつ終わるのかがわからない。周囲も不満をためがちです。今、企業もみんないっぱいいっぱい。本来、そこは国でサポートすべきだと思うのですが……」と松本さんは懸念します。
「治療のやめ時」はいつなのか?
お金の問題に直接からむことでは、「仕事との両立」と同じくらい、当事者が悩むのが「治療のやめ時がわからない」ことだと松本さんは言います。「医療者も『あなたの体では無理だからやめましょう』などとは言いづらい。子宮があり、卵子が採取できる限り、妊娠の可能性はゼロではないので、ある医療関係者が『0%と100%がないことがこの問題の悩ましい点』と言っていましたが、その通りです」。
そうした時、悩む人に松本さんが提案するのは「やめ時を考えるきっかけの“マイルストーン”を置く」という方法。
マイルストーンとは、例えば「40歳になったら、一度治療をやめるかどうか考える」「結婚記念日には、夫婦で将来のことを話す」など、ルーティン化してしまいがちな治療を“一旦停止”をして、お互いや、自分自身、二人の未来に向き合う時をあらかじめ決めておくということです。
「これだけでも、ただ夢中で治療を続けるのとは全然違う。二人で向き合う時間を持ち、続けていきたいと思ったら続ければいい。実際に治療をやめるのは大きな勇気がいり、なかなかでき難いものです。だから、やめる。そうではなく、一瞬立ち止まる、と考えて、その機会を作ってほしいなと思っています。一旦停止する階段の踊り場のような時間を作るのです。私はこれを『妊活みらい会議』と名付けて、ぜひ定期的に二人で開いていただくことをおすすめしています」
マイルストーンは年齢でも予算でも何でもいいと松本さんは言います。「とにかく、踊場に来たら深呼吸。 そうでないと、終わりの見えない、らせん階段をのぼり続けるようなことになってしまいます」。
引き続き、後編で不妊治療の当事者の抱えがちな悩みや問題の本質についてお聞きしていきます。
■後半:不妊治療の当事者「相談できる人がいない」ことが一番つらい
松本亜樹子(まつもと・あきこ)
NPO法人Fine理事長。不妊の経験をきっかけに、同じく不妊に悩む仲間とFineを設立。患者団体であると同時に「現在・過去・未来の不妊体験者を支援する会」として、不妊に対して理解のある社会、当事者の生きやすい環境整備の実現を目指す。著書に『不妊治療のやめどき』(WAVE出版発行)。
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