はじめに
「気持ちはわかるけどそれはないだろ……」な遺言書
2018年5月に発生した「紀州のドン・ファン」と呼ばれる、資産50億円超の実業家・野崎幸助さん(77)が急性覚せい剤中毒で怪死した事件。状況に不可解な点があることからも、さまざまな噂が取沙汰されていますが、その一つに「本当は愛犬に遺産を継がせたがっていた」というものがあります(参照記事)。
このように「いろいろな感情が渦巻く実の家族より、ペットのほうがよっぽど可愛い。だから自分の死後どうなるのかが気になって死んでも死にきれない」という人は多く、思い余って遺言書に書く人もいますが、当然ながらペットは人ではないので、法律的にこの遺言書は無効です。
では「自分の死後、飼育できなくなったペットを殺処分するのは嫌なので、飼育費用を残して天寿を全うさせてあげたい」という人はどうすればいいのでしょうか。著者の山田和美さんに聞いてみました。
長年一緒に暮らしてきた大切なペットは、実の子同然。財産を残してあげたいという気持ちや、自分の亡きあとのことが心配、という気持ちは理解できます。しかし、残念ながら、法律上、ペットは財産を所有できず、遺言書で財産を渡すこともできません。よって、この遺言書は無効で、何ら法的拘束力を持たないことになります。
自分の亡きあと、大切なペットが心配なのであれば、信頼できる人にいくらかの財産を遺贈し、その条件としてペットの世話をすることを定める内容で遺言書を作成しておく方法があります。なお、この場合にも、ただ遺言に書くのみではなく、託す相手に事前に伝え、承諾を得ておきましょう。また、最近では、民事信託という方法もあります。
安易な遺言書は無効になる危険を残すばかりか、残された家族を困惑させ、亀裂を生じさせてしまう事にもなりかねません。遺言書で何ができて何ができないのか整理をした上で、実現可能な形で意思を残しておきましょう。
(山田和美さん談)
また、こうしたペットの世話を委託するための仕組みとして「ペット信託」というものも存在します。身近に委託できる人がいない場合、こうしたところに相談してみるのも一つの方法でしょう。
以上、遺族が思わず脱力するような「がっかり遺言書」の例をみてきました。本記事冒頭でも軽く触れたとおり、ネット記事で「遺言書の書き方」を少し調べれば、表面的な要件を兼ね備えた遺言書を書くことはできます。しかし、遺言として残すべき内容は各家庭・各個人で違うため「画一的なテンプレートに当てはめておしまい」というものではありません。
問題のない遺言書をつくるためには、書き方等の形式的な要件に加えて、
実際に相続が起きた後、その遺言書がどのように使われるのか
財産をのこされた人が何をしなければいけないのか
遺言書をつくった後で状況が変わったらどうなるのか
のこされた家族が遺言書を見たときにどう感じるのか
などなど、多岐にわたる検討が必要です。これらは遺言者自身の状況により異なるため、インターネットで検索しても簡単に答えが見つかるものではありません。また、ひな形にも表れていないことがほとんどです。
(P.7-8より)
遺族が遺言書を開けてがっかりしたり、かえって手続きが煩雑になったと怒るようなものを残さないためにも、きちんと専門家に相談することが必要だといえます。
「きちんとした、もめない遺言書」の書き方・のこし方 山田和美 著
終活ブームの影響で、「法律要件を満たしていない」「遺族がもめやすい検討事項が解決されていない」といった「残念な遺言書」が急増中。笑うに笑えない実例を示しながら、相続のプロが「ちゃんとした遺言書」にするためのポイントをわかりやすく解説!
記事提供/日本実業出版社