はじめに

かつては商売人の必携品であった算盤(そろばん)。電卓やパソコンがない時代にあって、この道具は会計・経理といった作業を行うために欠かせない存在でした。

それゆえ言葉の世界でも、古くから“算盤が登場する表現”がたくさん存在していたのです。例えば、社会生活で必要とされるリテラシーを古くから「読み書き算盤」ともいいますし、損得などを事前に十分計算しておくことを「算盤尽く」(そろばんづく)といいます。このような言葉は、算盤の登場機会が減った現代でも現役であり続けています。

そこで今回は、算盤が登場する言葉や慣用句を、古い表現も含めてじっくり観察してみましょう。


「算盤を弾く」~計算・採算に関連する表現~

算盤は計算道具です。したがって、算盤が出てくる表現でも“計算”に関わるものが少なくありません。しかも“計算”だけでなく“採算”の意味も持つパターンが多いのです。これはもちろん、算盤の主な用途が“経理”であったがゆえに起こった現象でしょう。

例えば数字を計算することや、損得の計算をすることは、現代でも「算盤を弾く」とか「算盤勘定」などと表現しますね。これと同じ意味の表現に「算盤を置く」というものもあります。略して「置く」ともいいます。

実は国語辞典のなかには「置く」の意味として「計算の道具を操作して、数えたり占ったりする」(新明解国語辞典、第七版、三省堂)という意味を載せているところもあります。ひょっとしたらこの「置く」は、もともと算盤ではなく算木(さんぎ=占いや和算で使う計算用の棒)を由来とする表現である可能性もあるのですが、今回は深入りしないでおきましょう。

一方、算盤を弾(はじ)いた結果、計算や採算が合っている場合は「算盤が合う」、合っていない場合は「算盤が外れる」「算盤が持てない」などと表現できます。このうち「算盤が合う」は現代でもよく使う慣用句ですね。

そしてちょっと変わったところでは「算盤の玉はずれ」という慣用句もあります。これは、算盤で計算した以外のお金のこと。つまり帳簿外のお金を意味するのです。

「算盤を枕にする」~人物を評する表現~

算盤の慣用句には“人物評”に相当する表現も含まれます。

例えば、江戸時代に使われていた「算盤巧者」(そろばんごうしゃ)という言葉もそのひとつ。これは「金銭勘定や損得勘定がうまい人」という意味を持っていたのだそうです(参考:日本国語大辞典「算盤巧者」)。

また「算盤を枕にする」という表現もあります。これは商売に打ち込む商人の様子を表した言葉。つまり算盤を枕元に置いて離さないほど、その人が商売にのめり込んでいる様子を表現しているわけです。このような表現は井原西鶴の『好色五人女』(1686年)や、近松門左衛門の『女殺油地獄』(おんなころしあぶらのじごく、1721年)でも登場していました。

そういえば本記事では以前、“商いが登場することわざ”を特集したことがありましたね(ことわざで振り返る「日本人の商人観・商売観」)。その回でもちらっと紹介した通り「商人(あきんど)の子は算盤で目をさます」ということわざもあります。これは「人の習性は、生活環境によって形作られる」という意味。「商人の子は幼いときから金勘定に敏感なので、たとえ眠っていても算盤の音がすればすぐ目を覚ます」ことが由来なのだそうです。

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