はじめに

群れの仲間と「上手くやっていく」ための進化

私たちの脳がここまで大きく進化した理由として、現在では「マキャベリ的知性仮説」と呼ばれる説が有力視されています。[4][5]ざっくり言えば、私たちの脳は群れの仲間と協力したり、裏切りを監視したり、時にはバレないように誰かを裏切るために進化した……という仮説です。

たとえばあなたが野生のサルだったとして、2頭だけの群れで生活しているところを想像してください。あなたが把握しなければならない人間関係(※サル関係?)は、ひと組だけ。あなたと相手が友達かどうか、相手との間に助けたり助けられた過去はあるかどうか、裏切ったり裏切られた過去があるかどうか、だけです。

ところが群れのメンバーが3頭に増えると、覚えておくべき関係性は3組に増えます。4頭なら6組、5頭なら10組です。群れが大きくなるほど、理解しておくべき人間関係は指数関数的に複雑になっていきます。群れ社会のなかで上手く生き抜くには、当然、高い知能が必要です。

実際、霊長類の仲間には「同盟」を組むものが珍しくありません。仲間たちと協力して、餌場や安全なねぐらを守るのです。彼らの「友達の数」は、毛づくろいをするかどうかで調べることができます。ヒトが仲のいい友達とお喋りを楽しむように、他のサルは毛づくろいでお互いの関係を確認します。あるヒヒの調査では、友達の多いメスは、そうでないメスよりも子供の死亡率が低いと分かりました。[6]どうやら人間関係を上手く構築できるかどうかは、自然淘汰の対象になるようです。

私たち現代人の行動にも、マキャベリ的知性仮説の証拠がいくつも見つかっています。

分かりやすい例は、行動経済学の分野で有名な「最後通牒ゲーム」と呼ばれる実験でしょう。これは100ドルを山分けする実験です。被験者2人に100ドルを渡して、片方には好きな割合で山分けしていいと伝えます。もう一方には、相手の提案を受け入れるか拒否するかの選択権を与えます。拒否した場合は、お互いに1ドルももらえません。

経済的合理性に従って考えれば、99ドルと1ドルに山分けすることが正しい選択になってしまいます。金額を提案する側はできるだけ自分の取り分を大きくしたほうがいいですし、相手としても1ドルをもらえれば何ももらえないよりマシです。提案を受け入れざるをえないのです。

ところが実験してみると、そんな結果にはなりませんでした。大半の人が五分五分に近い割合で山分けしましたし、なかには相手の取り分のほうを多くする人さえいました。逆に1ドルしかもらえないと分かったら、たいていの人は怒って提案を拒否しました。何ももらえないよりマシであるにもかかわらず、です!

おそらく私たちの進化の過程では、仲間と協力できるかどうかが決定的に重要だったのでしょう。だから自分に選択権がある場合でも五分五分に近い割合で山分けして、ときには相手の取り分を大きくして、恩を売ったほうがトクになったのです。

また、あまりにも自己中心的で利己的な仲間には、いつ裏切られるか分かりません。だから、そういう相手には怒りを感じて、制裁を加えたくなるのでしょう。1ドルをもらうほうが何ももらえないよりもマシなのではなく、1ドルをもらうよりも利己的な者に制裁を加えるほうが(進化の過程では)トクだったのです。

私たちの巨大な脳は、群れの仲間と「上手くやっていく」ために進化しました。身近な仲間との「貸し」や「借り」をきちんと理解し、記憶しておくために、高度な知能が必要になったのです。

ヒトの脳が持つ「貸しや借りを把握する能力」

ここでようやく、複式簿記の話に戻ります。

じつは複式簿記の黎明期には、「人名勘定」と呼ばれる勘定科目が使われていました。[7]

たとえば、ブチャラティさんがジョルノさんにお金を貸したところを想像してください。現在の複式簿記では、ブチャラティさんの帳簿には「貸付金」という勘定科目でその金額が記載されます。ところが当時の複式簿記では、「ジョルノさん」という名前そのものを勘定科目として使用していました。この場合は、帳簿の借方に「ジョルノさん、○○○円」と書いて、債権を記録したわけです。

貸付金や借入金、売掛金や買掛金――。

これらの債権・債務――日常的な言葉でいえば「貸し」や「借り」――は、きちんと記録しておかなければ、後日、紛争の種になります。だからこそ証拠を保存しておく必要が生まれ、複式簿記の誕生に繋がったことは間違いありません。

人名勘定の歴史は古く、イタリアで現存する最古のものは1211年のフィレンツェ金融業者のものです。ルカ・パチョーリが『スムマ』という教科書をまとめる300年近く前から、イタリアの商人たちは人名勘定を使っていたようです。

人名勘定の問題点は、取引相手が増えると混乱をきたすことです。取引する相手が10社程度なら、人名勘定でも問題なく債権・債務を管理できるでしょう。ところが、これが百社、千社と増えていくと、人名勘定では不便です。そのため歴史が進んで経済が発展するほど、人名勘定の使用頻度は減っていきました。具体的には、ここでもやはり産業革命が大きな影響を与えたようです。

とはいえ、じつは現代でも人名勘定は完全に絶滅したわけではありません。実務で見かける機会はほとんどありませんが、簿記の試験では売掛金を管理する方法としてたまに出題されるようです。小さな個人商店では、今でも人名勘定を使っているお店があるかもしれません。

誰に貸しがあり、誰に借りがあるのか――。

これを理解しておく能力は、人間だけでなく野生のサルにとっても重要です。私たちホモ・サピエンスの場合、その能力を卓越したものへと進化させました。貸しや借りを具体的な金額として数値化し、帳簿を使って記録することさえ可能なのです。他のサルに比べれば、これは並外れた能力だと言えます。

複式簿記の基本的なルールが長い歴史を経ても不変だったのは、おそらく私たちが進化の過程で身につけた脳の仕組みがその土台にあるからです。同じ脳を持っていたからこそ、西洋式の複式簿記を知らないかつての日本人も似たような記帳法にたどり着いたのだと思います。

複式簿記の誕生には、私たちの脳の「貸しや借りを把握する能力」が関わっているはずです。簿記の歴史が「人名勘定」から始まったのは、その証拠でしょう。

■参考文献■
[1]ダニエル・E・リーバーマン『人体600万年史』早川書房(2015年)p135
[2]リチャード・ドーキンス『進化の存在証明』早川書房(2009年)p297
[3]デヴィット・C・ギアリー『心の起源』培風館(2007年)p55
[4]ロビン・ダンバー『友達の数は何人?』インターシフト(2011年)p20
[5]マット・リドレー『赤の女王』ハヤカワノンフィクション文庫(2014年)p523
[6]ギアリー(2007年)p31
[7]中野常男、清水泰洋『近代会計史入門』同文館出版(2014年)p8-9