はじめに
読者のみなさんからいただいた家計や保険、ローンなど、お金の悩みにプロのファイナンシャルプランナーが答えるFPの家計相談シリーズ。今回はプロのFPとして活躍する伊藤英佑氏がお答えします。
父親は現在75歳ですが、この前帰省した際に相続の話が出ました。今のうちに遺言作成などをやっておきたいようなのです。私は二人兄弟で、二人とも東京に出てきており、戻る予定はありません。
実家を処分した後、資産としては500万~600万円も残らないと思っています。さほど資産が残らないとなると、たとえば金融機関などに依頼する遺言作成のお金がもったいなく感じます。ただ、父親が自分で書いて、判子を突いても意味があるのでしょうか。アドバイスよろしくお願いいたします。
〈相談者プロフィール〉
・男性、40代前半、既婚、子ども1人
・職業:会社員
伊藤: ご相談ありがとうございます。ご相談の件ですが、結論から言えば、必ずしも遺言作成は費用をかけて行う必要はありません。
遺言の作成には法的にいくつかの方法がありますが、「自筆証書遺言」という方法を用いれば、お父様ご自身で作成することが可能です。適切に行えさえすれば手数料もかかりません。
遺言は“絶対”ではない?
そもそも遺言とは、故人(被相続人)が自分の遺産を誰にどのように分けるかを書き残すものです。民法に基づき適法に作成された遺言は、故人の意思が尊重され、原則として遺言に記された通りに相続人に財産が渡ることになります。
遺言がない場合は、民法の規定に従って、法定相続人全員の合意に基づき遺産分割協議書により、財産の相続が行われることになります。遺言があっても、相続人の「全員」の同意があれば、その同意に基づき遺産を分ければよく、遺言通りに財産を分ける必要はありません。
“手数料なし”なら「自筆証書遺言」
遺言として、法律上の効力を生じせしめるためには、民法に定める方式に従わなければなりません。
遺言には「自筆証書遺言」「公正証書遺言」「秘密証書遺言」という3つの方法があります。秘密証書遺言は、あまり使われませんので、ここでは省略します。
本件では、資産500万~600万円で、手数料も掛けたくないということですので、まずは自筆証書遺言を検討されてはいかがでしょうか。
自筆証書遺言は、遺言書の全文を遺言者が自筆で記述しなければなりません。代筆やワープロ打ちは不可です。また、効力を持たせるためには、日付と氏名を自署し、押印する(法的には実印である必要はありません)必要があります。
書き間違いの訂正や文章を追加する場合は、法律が定めた方式に則り、訂正印を押し、欄外に訂正の内容や加えた文字、削除した文字等を記載して行います。これを守らないと無効になってしまいます。訂正や追加がある場合は、すべて書き直しした方がいいかもしれません。
ただ、平成30年7月13日に相続法改正法(民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律 )等が公布され、平成31年1月13日から、自筆証書に加え、銀行通帳のコピーやパソコン等で作成した不動産の登記事項証明書等を目録として添付して、遺言を作成することができるようになります。作成の手間が軽減されますので、お急ぎでなければ、平成31年1月13日以降に自筆証書遺言を作成することを検討されてもいいかもしれません。
また、現行制度では、自筆証書遺言は故人自身や相続人が保管・管理し、相続後に自筆証書遺言が発見されたときに家庭裁判所の検認が必要になりますが、改正相続法では、故人である遺言者は法務局に遺言の保管申請を行うことができるようになり、また、法務局に保管された自筆証書遺言は偽造等の恐れがないことから家庭裁判所の検認は不要になります。
有効性の確度が高いのは「公正証書遺言」
次に、公正証書遺言は、公証役場に行って遺言内容を公証人に口授し、公証人が証書を作成する方式です。証人2名と手数料(遺産1千万円までは1.7万円)が必要となります。
証書の原本は公証役場に保管され、遺言者には正本・謄本が交付されます。手続きの手間や費用がかかりますが、公証人が認めた遺言であるため、遺言の有効性の確度が高いというのが特長です。年間10万件ほどの公正証書遺言が作成されています。資産家で、相続人同士が財産分けで揉める懸念が高い場合には利用する方が良いでしょう。
上述の通り、今後は自筆証書遺言で法務局保管が増えていくかもしれませんが、遺言の内容について公証人が審査や確認をしてくれるという点では、公正証書遺言は重要な役割を担っているため今後も残っていくと思われます。
遺言は最新の日付のもが有効
上記のように、有効な自筆証書遺言を父親に作成してもらえば、ご質問者の懸念は解消されるでしょう。
相続後は、遺言に基づき財産を分割できるとよいのですが、遺言に法的な不備があると、相続人同士が不仲だったり、遺言の内容に不満があったりした場合にトラブルになる可能性があります。作成方法をきちんと調べ、法的に不備のある遺言にならないよう万全の注意が必要です。
遺言の効力は、自筆証書遺言や公正証書遺言といった作成方法に序列はなく、複数の遺言があるときには最新の日付けのものが有効になります。後から他に遺言が出てきたということがないよう、被相続人と相続人の間や相続人同士で、生前に遺言の有無や保管場所を確認しておく方が良いでしょう。
相談者さんの場合、遺産の500万~600万円の資産がキャッシュで、均等に分けることで、被相続人または相続人同士で合意していて、相続人間で揉めることがなく、心変わりの心配もないということでしたら、必ずしも遺言を残すこと自体は必須ではないかもしれません。
遺言より優先される権利「遺留分」
最後に「遺留分」について説明しておきます。本質問の法定相続人は、母親(相談からはご存命か不明ですが)、兄弟子ども2名のみとします。法定相続人は、法定相続割合により財産を受け取る権利を持っています。
この場合、お母さまがご存命であれば、法定相続割合は母が半分、残りの半分を兄弟子ども2名で均等に分けます。
遺言では被相続人の意思で、遺産の分ける先を決めることができますが、法定相続割合の半分、つまり、相続人が兄弟子ども2名のみとすると、財産の半分の半分の1/4については、「遺言があったとしても」相続人は受け取る権利を持ちます。この権利のことを遺留分と言います。
たとえば、兄と弟がいて、遺言に「すべての遺産は兄に渡す」と記載があった場合、弟は兄に対して遺産の1/4を支払うよう「遺留分減殺請求」という手続きで請求することができます。弟が遺産を受け取らないことに納得している場合を除き、遺留分に抵触するような内容の遺言は避けた方がいいでしょう。
繰り返しですが、ご兄弟同士で仲が悪いようなことがなく、お二人が話し合いで均等に分けることにお互い合意していれば、必要以上の心配はいりません。お金の問題以上に、相続で揉めて家族の仲が悪くなることは避けたいものです。